王の密偵の別バージョンです

蛇香のライラ ライザール×シリーン 運命の女

 

「・・・お久しぶりね、ルト」

 

!?

 

ミステリアスな微笑みを浮かべたシリーンと名乗った彼女の言葉に俺は絶句した。

 

まさかという想いと共にこみ上げる郷愁に俺の心は否応なく揺さぶられる

 

追憶の彼方の少女と目の前の妖艶な女がゆっくりと重なり俺の中で鮮やかな像を結んだ

 

「・・・まさか・・・本当にシリーンなのか?」

 

 

さらりとした絹のごとき長髪、透けるような白磁の肌、長い銀のまつげに縁どられた黄金色の瞳、形のよい鼻筋と、ふっくらと艶やかに潤った唇からのぞく白い歯、何気に押し付けられた柔らかく豊かな胸元

 

そしてなによりも小悪魔のような悪戯な上目使いに無邪気だった昔の面影をまたひとつ見出してしまい息が詰まりそうなほど俺の胸は一層高鳴った。

 

自分でも現金なものだと思うが、直前までカマルの送り込んだうさん臭い女だと確信があったというのに。「彼女」がシリーンだと思えば疑うことすら苦しかった。

 

こんな気持ちになるのは何年振りだろう。久しく忘れていた熱い感情だった。

 

―――シリーン!!

 

俺の中の愛はやはり彼女にあるのだと実感してしまう。

 

何故シリーンは長い離別の後何事もなかったかのように突然姿を現したのか。

 

俺がルトだと知り近づいた目的はなんなのか。

 

俺を・・・どう想っているのか

 

彼女を失ってしまった痛みは俺の中に刺のように残ったままで、ぽっかりと空いた穴は埋まることなくけっして癒されることはなかった。喪失に苦しみ絶望の日々を送ったこともあった。

 

それなのに・・・目の前の彼女はあでやかな「女」の容貌(かお)で俺を惑わそうとしているというのに・・・

 

それでも再会できた喜びは無視できないほどの強さで俺を包み込んでいた。

 

「ええ・・・そうよ。お互い変わってしまったけれど・・私は間違いなくシリーンよ・・・ルト・・・会いたかった・・・んんっ」

 

瞳を潤ませてそう囁く彼女の言葉を聞いた瞬間俺は彼女の唇を奪っていた。

 

愛しさがこみ上げてしまい衝動を止めることはできなかった。

 

「・・・・んん・・・はあっ・・」

 

俺の胸に手をつき、必死に突然のキスにこたえるシリーンの柔らかで温かな甘い香りのする身体を俺は抱きしめる。

 

これが計略だとか罠だとかもはや関係なかった。

 

俺をよそ見もできないほど夢中にさせることができる唯一の女の誘惑に抗えるはずはなかった。

 

それでも確かめたくてそっと目を開けるとうっとりと目を伏せた彼女の姿があった。

 

だがやはりシリーンは俺を裏切ることはなかった。信頼しきったように俺に身を預け頬を染めてキスを交わす姿はどこか初々しくて愛らしかった。

 

やはりあのシリーンなのだと思った。確かに互いに立場が変わってしまったし、彼女の目的もわからない。だが今このひと時だけは一切を忘れてしまいたかったのだ。

 

 

それはこれから起こるめくるめく甘い関係の一幕にすぎないことをまだ俺は知る由もなかった。

 

 

 

そんな二人の姿を柱の影から見守る者たちがいた。

 

「若いっていいなあ。そう思わないかいザマーン」

 

友を呼ぶように気安く言う真王の言葉に宰相は嘆息気味に言った。

 

「年寄臭いことを。我々だってさほど彼と年は変わらないでしょう。まあ確かに姫は少々若すぎるかもしれませんが。ライザールさまがまさかその手の趣味がおありとは存じませんでした」

 

一回りほど歳の離れた若い娘に執心する王の姿に若干引きながら言うザマーンに頷く真王もこの状況を楽しんでいるようだ。

 

シリーンの正体を知りながら空とぼけてライザールを二人してたきつけた甲斐があったようだ。

 

苦難の時を過ごしてきた二人の逢瀬が少しでも華やげばよいと言う父王の願いからでたことだった。

 

「だってさ~可愛い娘の願いを叶えてやりたいと思ってね。」

 

父王の意をくみ密偵となる茨の道を歩む娘のたっての願いは「婿は自分で選びたい」というものだった。

 

「父上!私ねルトのお嫁さんになりたいの」

 

たとえ身分差があったとしても心から愛する男と身も心も結ばれたいという愛娘の願いは、かつて愛しながらも守れずに失ってしまった恋人への想いをライザに思い起こさせた。

 

その気持ちは痛い程わかったからせめてその想いだけは汲んでやりたかったのだ。

 

かつてルトが王を探してこの宮殿に来た時運命は定まった。

 

彼女が選び私が選んだ男に全てを託そうと心に決めた。

幼いながら王の素質を持つ男を選んだ娘の目は確かだったといえる。

 

彼が王位についたから国はみるみる豊かになった。大臣たちとの軋轢はあり貧富の差は歴然とあったが、課題が山積みであっても彼は決して諦めぬし気概もある男だった。何よりも彼は国民を愛していた。

 

せめてもの褒美をもらう権利はあるだろう。なにせあの二人は両想いなのだから。

 

「あの娘には父親らしいことを何一つしてやれなかったからね。今の時代自由恋愛大いに結構じゃないか。好きな相手と一緒になった方が頑張ろうって前向きな気持ちになるだろう?だからさ、ささやかでも応援しようと思ってね。君もできるだけフォローしてやってほしい」

 

柔和な父親の顔でそういう王の頼みを断れるはずもなく、恭しく頷き返すザマーンはどこかまぶしげな様子で視線を返した。

 

そんな彼らの視線が見据える先にあるのは確かにこの国の希望の象徴だったのである。