※王の密偵妄想の別設定の妄想番外編です
計画を気に入り根回しをザマーンに任せたライザールは単身舞妖妃の元に向かった。
一方周囲をさり気なく窺っていたシリーンだったがジェミルの姿を発見したもののすぐに見失ってしまった。
本気で逃げ切るつもりの彼を捕まえることはいかにシリーンであってもそうたやすいことではなかった。
我が弟ながらなかなか素早い。良い密偵に成長したことは嬉しかったがこちらも忙しい身だった。今は早々にやっかいごとを片付ける方が先だった。
何故ならすでに依頼を二つ引き受けている状態だったからだ。
白娘子という二次元の娘に夢中の皇驪さまを正気に戻して欲しいと言う鱗帝国の希驪さまの依頼とルーガン王国の堅物のヴィンス殿下を誘惑して姉の居場所を聞き出して欲しいと言う切実なロランさまの依頼だが、いずれにせよ内容は美人計だった。今の身分で遭遇するのはこちらとしては少々分が悪かった。
いかに身内に等しい方達の依頼とはいえ絶大な権力を誇る王族の方達ともめごとを起こせば国際問題に発展してしまうのは目に見えていたからだ。決してミスは許されなかった。
だからこそ依頼を遂行する前にジェミルの行動の是非を確認しておきたかった。
実のところ王宮に来る前からジェミルの様子はおかしかった。
どうやら店主から汚い仕事を指示されたようだ。
おそらく・・ライザール王の暗殺!!
なんとかして阻止したかったが店主に怪しまれては元も子もなかった。
そもそもライザールの入店を断っていた店主が気前よく王宮からの依頼でショーの参加を決めたのはそのためだろう。
そう思えば気が気でなかったが肝心のジェミルの姿も王の姿もなくシリーンの焦燥は募る一方だった。
はやる気持ちを抑えながらジェミルが潜んでいそうな人気のない廊下まで来たときだった。
ふと背後に殺気を感じた。ぞわりと総毛立ちながらも何気なさを装い振り向いたシリーンは逞しい腕に抱きとめられた。
「…キャッ」
小さな叫びをあげた直後シリーンは瞠目した。爽やかな汗の香る偉丈夫姿に目を奪われる。
眼前に佇むのはライザール王その人だったからである。
「・・・失礼しました王様」
咄嗟に淑女らしく羞恥を見せたシリーンはさっと目を伏せた。
舞を披露した時は姿を見せなかったが、祭典で姿を目にすることもある知る人ぞ知る存在だった。
「ほう・・私を知っているのか。それは光栄だな。お前が噂の舞妖妃だろう?」
!!
もちろん舞う時はベールで顔を隠していたがライザールはお見通しのようだった。もしかすると王の寵愛を競う常連の者が点数稼ぎに耳打ちしたのかもしれない。
ここまで誰にも見咎められなかったのはむしろ運が良かったのだろう。
これはしらをきるより認めた方がよいようだと瞬時に判断する。
「はい・・・私こそ拝謁できて光栄です王様」
間近で見たライザールの顔にルトの面影を見出してしまい感動がこみあげるシリーンを余所にライザールが言った。
「気に入った・・・ぜひお前に仕事を頼みたい。会議が終わるまでの間私の同伴者になってほしい。そうだな・・婚約者ということでどうだ?」
独身の王の突然の依頼にシリーンはあえて動揺するそぶりをする一方で実際のところその動揺は演技とも言い切れなかったのである。
私がルトの婚約者に?
舞姫をする傍らカマルの密偵として数々の依頼をこなしてきたことを王が知るはずはなかったが、立場上エスコートの依頼を断る道理はなかったし王のそばにいてジェミルの暗殺を阻止する機会を得たのだと思えば悪くない話だった。
それに王の婚約者の立場を利用すれば皇驪さまやヴィンス殿下にも近づきやすいだろうし、いざという時に牽制もできる。
これはまぎれもなくシリーンが望んでいたあと一歩の好機だった。
もちろん希驪さまとロランさまは私の正体を知っているが、何食わぬ顔をして堂々と振る舞えばそれこそ暗黙の了解として意を汲んで下さるのではないだろうか?
・・・・希驪さまはたぶんね・・・ただロランさまはどうかしらね
無邪気に欲望の眼差しを向けるロラン様を上手くかわしながら任務を遂行することになりそうだった。
だが絶好の機会を不意には出来ないし躊躇はできなかった。
本来は依頼の管理は店主の仕事であったがイレギュラーな依頼だけに臨機応変に対応する必要に迫られた。
もとより王の名ざしの命令を断れるはずもなかったが。店主には事後承諾してもらうほかなかった。
舞妖妃を気に入ったからと王は言ったが、それが口実であることも承知していた。おそらくカマルを内偵したいためだろう。だがそれでも王のそば近くに召されたのだと思えば悪い気はしなかった。
おそらく大半の女は舞い上がるだろう。
「喜んで、お引き受けいたします」
僅かな逡巡の後慎みを保ちながら了承したシリーンに満足げに頷き返したライザールはふと真顔になると尋ねた。
「・・・そうだった。お前の名は?」
!!
それは紛れもなく運命の質問だった。
紅をはいた艶やかな口元に微かな笑みが浮かぶ
そしていささかの躊躇もなくシリーンは応じた。
「私はシリーンと申します・・・ライザール王」
彼女がそう答えた瞬間、瞠目したライザールの琥珀色の瞳によぎった懐かしい笑顔に鼓動が一際高くなるのを感じた。
「そうか・・・お前はシリーンと言うのか。良い名だ・・ますます気に入ったぞ」
他人の空似か・・はたまた運命を手繰り寄せたのか・・・
だが目の前の女が名乗った瞬間、確かにライザールは鮮やかに彩られた運命を感じていたのだった。