蛇香のライラ ライザール×シリーン 王の密偵

「王の密偵版」第1夜アジアンナイト「白娘子」で鱗帝国の皇驪から金梅酒を手に入れたシリーンは密かに金梅酒を摂取して耐性をつけていた。

 

しかし万が一のことを考え目撃されてもなんとか誤魔化しのきく場所はといえば一カ所しか思い浮かばなかった。

 

それは灼熱の砂漠の国シャナーサ王国の中にあってオアシスのごとく潤沢に水のある場所、王宮内の大浴場だった。

 

昼間から風呂につかり酒を飲む。ある種優雅な嗜好かもしれなかったが、シリーンは真剣だった。

 

そんな折金梅酒を飲むところをライザールに見咎められてしまう。彼もまた汗を流すべく日課となった風呂につかりに来ていたのだ。

 

以前ライザールを誘惑するために気合の入ったヘナタトゥーを見咎められてこの大浴場で彼とともに過ごした時の淫靡な想い出がよみがえりシリーンは羞恥に震えた。

 

王の手管の前になすすべもなく一方的に翻弄されてしまったからだ。

 

あの時も実は肌に鱗模様が浮かびきわどかったが、脚は服で隠れていたうえ湯につかっていたし腕から肩にかけてはファンデーションを塗り誤魔化せたことと、照明が抑えられた室内の薄暗さも助けになったのだが

 

ライザールがヘナタトゥーを落とすためにオイルを出した時は気が気ではなかったが彼の関心はタトゥーではなく彼女の反応に向けられていたため気づかれずにすんだ

 

だが「誘惑」するために万全の準備をしていた前回とは今は事情が違う

 

そんなシリーンの気も知らず、様子のおかしいレイラの姿と酒と思しき瓶を見比べたライザールは訝しく思いながら見慣れない瓶を手に取った。

 

ラベルに書かれた文字こそ異国の文字でわからないものだったが、レイラの飲んでいたカップを仰ぎ嗅いだことのある特徴的な芳香に気づいたライザールの顔に警戒がよぎった。

 

レイラを睨んだまま確信を深めるため指を浸し一舐めしたライザールはようやっと得心顔になった。

 

それはまぎれもなく金梅だった。

 

実のところさる鱗帝国の伝手を使いライザールも所有している貴重な品だった。

 

貴重とはいえ鱗帝国の者にとっては馴染みのある高級酒でしかなかったが、門外不出なためか他国の者が口にするとひどく悪酔いしてしまいつい口が軽くなってしまうので尋問に使用されることもあるいわくつきの酒だった。

 

そんな貴重な品を大貴族の娘とはいえレイラがどのような方法で手に入れたのかと不審がるライザールの脳裏に人の婚約者を「白娘子」と呼び一方的に無邪気にレイラを慕う皇驪の姿が浮び思わずため息がでてしまった。

 

レイラはそんな彼をうまくあしらっていたし、聡明な皇驪も立場をわきまえていたので実害はないからと放置してきたことを後悔する。

 

(・・・あの皇子さまか・・・余計なことを)

 

貴人の気まぐれに振り回されるこちらの身になってほしいものだと思いながらもレイラの様子を窺う。

 

しかし慣れてでもいるのか風呂に浸かった素肌はなまめかしくうっすらと火照り艶めかしいものだった。

 

結婚相手と婚前交渉する気は毛頭なく、これまでレイラの誘惑をすげなくかわしてきたせいかレイラは特に怪しいそぶりすら見せない。

 

不思議なもので誘惑されても冷めるばかりだがしおらしい態度でライザールの邪な視線から逃れるように湯に首までつかるレイラの姿を見ていたらつい興が乗ってしまった。

 

そもそもこの酒のことをどの程度この「婚約者殿」が認知してるのかも疑わしいところだった。

 

正面切って詰問するよりからめ手で追いつめた方がよさそうだと判断したライザールは瓶を浴場の縁に置くとおもむろにその場で服を脱ぎだした。

 

すると今更慌てたのかレイラが恥らった様子で顔をそむけながらいった。

 

「なにをなさってるのです?私・・・困りますわ・・・」

 

しらじらいいことを、と内心苦笑したライザールは挑発するように言葉を重ねた。

 

「今更だろう?この間この場所で起きたことを忘れたとは言わさないぞ。裸で寝ている私の寝所に夜毎押し掛けていたのはどこの誰だ?それに私は汗を流したい、幸い我が国は混浴が文化だ・・・なにも問題はないはずだが?」

 

レイラの出方を窺いながらにべなく言うと、やがてレイラは諦めたのかため息をついた。

 

「そうですわね。けれど私だって結婚前の身ですからお手柔らかにお願いしますわ。・・・慎みをもてとお父様にしかられてしまいますもの」

 

しぶしぶという面持ちで言いながらも立ち去ろうとはしないレイラの様子を窺いながら湯につかったライザールは彼女の使ったカップを取り上げ酒を口に含んだ。

 

密偵を尋問するための手段のひとつとして手に入れたものとは違い上品でまろやかな至高の味わい深い酒だった。

 

公の場で酒を飲むことはもちろんないが、他国との異文化交流もあるし、またまったく耐性がないというのも弱点になりうると思ったこともあり適度の飲酒は心得ていた。

 

案の定と言うか次世代会議に出席した各国の王子たちは酒豪揃いだった。

 

酒の席で密約を交わすことはなかろうが、素面であるよりも打ち解けることができるしまた酒にのまれて醜態をさらすこともできなかったからだ。

 

もちろんレイラは美容に良いとされる金梅に興味半分で手を出したのかもしれなかったが、飲みなれないと醜態をさらすという酒を飲んだにしては思っていたのと違う反応はやはり訝しいものだった。

 

一方シリーンはと言うと淡々とした面持ちで酒を煽るライザールの姿に動揺しながらも火照った素肌にかすかに浮かぶ鱗模様をライザールに見咎められないかとひやりとしていた。

 

だがそのうち二人きりで風呂に浸かっているのに緊張しているのがバカバカしくも思えてきてつい頬が緩んでしまった。

 

誤解やすれ違いはあってもライザールがシリーンにとって大切な存在であることは変わりないからだ。

 

けれどだからこそこの姿を見られたくないとも思う。素肌に浮かぶ鱗模様に苦しむのは父も同じだった。そして弟であるジェミルもきっと・・・

 

幸いシリーンは女だったので興奮して体温が上昇した時以外鱗模様に悩まされることはなかった。もちろん風呂につかるていどはもとより問題なかった。

 

唇はすでに許してしまった。彼が無事だった時は心底安堵した。嬉しさのあまり緩んだ涙腺から涙がこぼれてしまい、それを見咎めたライザールに誤解されてしまったがこれまで頑なに有象無象からのキスを拒んできた甲斐があったというものだ。

 

でもこの身体の秘密を彼に受け入れてもらえるかはわからない。

 

気味悪がられるかもしれないと思えばやはり告白するのは怖かった。

 

いずれ初夜を迎えてしまえばわかってしまうことであったとしても少しでも真実を先延ばしにしたかったのだ。

 

金梅を手に入れた以上試さずにはいられなかったが、だからこそよりこんな場所で発覚するのは不本意だった。

 

だが重い責務を背負っているのはライザールもまた同じだった。

特殊な酒であるのに彼は顔色一つ変えない。おそらく度々摂取して耐性をつけたのだろう。

 

そんな彼であるならたぶん私が同じ経験を経ていることを見抜かれてしまっているかもしれない。そう思うのに今はこの時間が愛しくて台無しにしたくなくてシリーンは緊張を解いたまま黙って湯につかる。

 

当初は素肌を晒しているのに心を覆い隠すシリーンの秘密を暴こうかと思っていたライザールだったが突然緊張を解きうっすらと笑みをはいた彼女の口元をみた瞬間思いとどまっていた。

 

不思議なほど沈黙が苦ではなかった。ゆったりと湯につかり時たま酒を煽る。日々忙しく過ごしている身としては極上の美女とともに癒しの時間を過ごせるのはなによりも贅沢なことかもしれなかった。

 

とはいえ自分より長く湯につかっているシリーンがのぼせるかもしれないことに思い至ったライザールは紳士として先に上がることにした。

 

結婚前の慎ましい女を演じるならばそれに付きあうまでだ。

いずれ全てをわがものにするのだと思えば焦る必要はない。

 

「私は先に出る。上せないうちに出ることだ」

 

そう言い含めると後ろも振り返ることなく身支度を整えたライザールは大浴場を後にした。

 

 

一瞥すらせずに去ってゆくライザールの背を見送ったシリーンだったがふとあの時素肌に触れた彼の掌の感触を思い出してしまい頬を染めた。

 

先に出てくれたことは彼なりの気づかいなのだということはわかっていた。

 

おかげで助かったにせよなんだか物足りないと感じている自分がいた。

 

「やだ・・私ったら。彼がいってしまったことを残念だって思うなんて」

 

女心とは常に複雑なものである。

 

そうひとりごちたシリーンがちらりと上腕を見るとうっすらと鱗模様が浮かんでいた。

 

まだ当分この場所を動けそうになかった。

 

「せっかくライザールさまが気づかってくれたのに・・・」

 

火照った素肌はじんわりと熱くて、シリーンは深々とため息をついたのだった。