彼女の誘惑はたぶん男の指示だったのだと思う。
二人がどんな関係なのかは知らなかったが、あまりにも倒錯的な誘惑に眩暈がした。
だけど長いまつげに縁どられた黄金色の瞳や彼女のまとう濃厚なムスクの香りが俺の本能を刺激して絡め取り拒むことを許さなかった。
誘われるまま初めて触れた柔らかな女体に俺はすぐに夢中になってしまいこれまで抑えてきた欲望が暴走する予感に戦いた。
だが加減がわからず戸惑う俺を冷静な男の声が戒めた。
呼吸を合わせること、身勝手に振る舞わないこと
互いの信頼と協力がなければ成り立たない行為であること
そして時には甘美な罠であることも
それら全て含蓄のある言葉が身に沁み込み俺は冷静さを取り戻す
だが慣れない俺では彼女の悦びを充分に引き出すことができない。
すると余裕の笑みを湛えた男が慣れた手管で彼女を翻弄してゆく
壮絶な美をまとい乱れる彼女を前に経験値の違いが歯がゆくてならなかった。
精進せねばと己に言い聞かせる。
たぶん出会うのが早すぎたのだ。
やがてことが終り彼女が離れる気配がして思わず伸ばしかけた手が空切り握り込んだ。
駆けだしの義賊でしかない今の俺には豪奢な暮らしが似合う彼女を幸せにすることはできないことはわかっていた。
本来なら見えることすらない相手との一夜の契りでしかないことも。
だが拙い俺をバカにするでもなく彼女は終始優しかった。けして欲望だけではない愛情を感じたのは気のせいではないはずだ。
この胸の清々しさはそのせいか。一夜の恋が去った後の甘い疼きをそっと噛みしめる。
そしていずれ出会った相手に愛情を注いで大切にしたいとふと思った。
シリーンは俺の元を去ってしまったけれど、いつか俺のことだけを見つめてくれる「運命の女」と出会いたい。
この一夜の情事が俺の運命を思いがけぬ方へと導いてゆく出来事であることをこの時の俺はまだ知らなかったのだった。