突然黙り込んだジェミルに抱きしめられたシリーンは戦き身を竦ませることしかできなかった。それが家族の抱擁とはもはや思えなかったからだ。
それでも温もりに包まれた安堵感もあってジェミルを拒むことはできずけれど抱き返すこともできずに固まることしかできなかった。ジェミルの気持ちを知りながら応えなかったのにまたこうして心配をかけてしまうふがいない自分が嫌でならなかった。
だがそう思う一方でこの腕がライザールであれば・・・と願わずにいられなかった。姉として振る舞っていた時はみっともない姿や弱みを見せることが恥ずかしくてならなかった。だが今は少しだけ正直に自分を見せることに抵抗はなくなっていたからジェミルの優しさを拒めなかった。
暮れなずむ中庭で抱き合う二人を見たものは恋人同士の抱擁に見えたことだろうが内実はまったくことなるものだった。
そんな二人から目を離せずに凍りつくライザールの姿があった。
あの夜のことは過ちではなかったものの、性急すぎたきらいはあった。
彼女の心を暴きたくてしたことではなく裏切られた怒りから自棄になった結果の出来事だった。常に感情が冷えたままの自分自身の感情の暴走から生じた行為ではあったが縋る彼女を突き放すことはできず籠絡するつもりが堕ちたのは私の方だった。
どれだけ求められても正常な状態とは言い難い彼女の態度を全て真に受けることは憚られた。自ら招いたこととはいえそれが悔しくてならなかった。
惚れた今となっては最初からやり直したくてしかたなかったが事はなってしまった以上覆せないことはわかっていた。
彼女にもう一度触れたくて、欲しくてたまらなかった。己のうちにこれほど強い欲望と衝動があるのだと久々に実感した。
過去に一度同じ熱に浮かされたことがあった。けれど12歳のシリーンは穢すにはあまりにも無垢でなんとか耐え忍べたのは彼女を大切に思っていたからだった。
すでに十分シリーンを怖がらせてしまった。兵士たちの前で彼女に恥辱を与えたことが「すまない」の一言で許されるはずもないことだった。
彼女自身は「密偵」だったのだからしかたないと苦笑していたがどれほどの過去があろうとも惚れた女にしていい仕打ちでなかったことは痛感していた。
あの夜確かに彼女の気持ちに触れ求めに応じたのにも関わらず気づいたら彼女を避けていた。
気の迷いだった、やはりジェミルが良いと彼女が告白する可能性こそあえて考えなかったもののそれでもシリーンが大切だからこそ安易に触れられない葛藤を抱えていたのだ。
そんな男心も知らずに抱き合っている二人を見ていたら無性に腹が立つと同時にいつのまにか生じた独占欲に苦笑してしまう。
現金なものでレイラを疑っていた時はこれほどの執着を感じなかったものの彼女を抱き気持ちを確かめ合った後は誰にも触れさせたくないと自然と欲する己がいた。
密偵だったことが信じられないくらい無垢で情熱を秘めた女をけっして手放すつもりはなかったが、私の不在中に彼女は弟同然の男と抱き合っているのだ。
血が沸騰するほどの怒りを感じながらも心は急速に冷えていく。まただ、己の感情を抑制してしまう癖がいつのまにかしみついていた。
王の身ではどんな時であれ冷静さを失うことはできなかった。どれだけ感情が荒れようがそれを出さないように振る舞うことに慣れてしまっていた。
だがそれでも彼女をこのまま放っておいていいわけがないことは自分でもよくわかっていた。彼女と話さなければ・・と己に生じた怒りを鎮める。
もしこの時のライザールを誰かが目にしたらその無表情な仮面のごとく顔に慄然としたことだろう。
しかし視線を感じたわけでもなかろうがやがてシリーンがジェミルを拒むようにそっと離れ一人走り去って行った。