鬼灯と俺下を勝手に脳内コラボしたら予想以上に、重い話になってしまった
重い設定でコメディって難しいんだなあと改めて思いました。
で、この作品に出てくる架空の登場人物、団体、名称などはさらに私の妄想設定追加でお送りします。
『カニか・・・思えばそれがきっかけだったんだよねえ』
紫煙をくゆらせる奪衣婆の言葉に追憶を振り切り新が顔を上げると、どこか懐かしむように煙管を銜えた奪衣婆がゆっくりと語りだした。
『あの日アタシャいつものように亡者どもの相手をしてたんだが川の主の大蛇との競り合いに負けたカニの奴がいつも以上に気が立っててさ。勢いよくブン投げた亡者がアタシの方に降って来たのさ。そん時あの人が颯爽と現れてアタシのこと身を挺して守ってくれたんだ』
ベッタベタな美談だったが、吉岡らしいと思った。有史以来何世紀にも及び三途の川で役割を果たしてきた奪衣婆にとってそれは初めての出来事だったらしい。
三途の川を取り仕切る奪衣婆のメガネに適った吉岡の待遇が向上したのは言うまでもない。
『はあせっかく茶飲み友達出来たと思ったんだけどねえ・・鬼灯様に呼び出しを受けて今は沙汰を待っているようだよ』
奪衣婆に見送られ閻魔庁を訪れた新は今度こそ本当に吉岡と会うことができた。鬼灯の許可を取り少しだけ沙汰を待つ吉岡と面会が叶ったのだ。葬式以来の知り合いの白装束姿に動揺する新同様、吉岡も僅かに動揺を見せたように瞠目した。
『清水さん・・まさか貴方もここに?』
己よりまず先に相手を心配する吉岡の顔は僅かに憔悴してはいたがとりあえず無事な懐かしい姿に新は自然に微笑み返した。
『ご無沙汰しています、吉岡さん。俺、今は天国の方で雑用をさせてもらってます』
新の言葉に納得したのかどこか安堵したように吉岡は頷きかえすと言った。
『・・・ありがとうございます、清水さん。私だけでなく壱哉様の供養も手厚くしていただいて。おかげで減刑されたのだと補佐官の方から聞きました。生前私たちは貴方に随分惨いことをしてしまったというのに。私は壱哉様の罪深さをわかっていながら貴方を差し出してしまった・・・謝って済むことでもありませんが・・本当に申し訳ありありませんでした。生きていた時は死後の世界があるなんて考えもしなかった。けれどこうして迷惑をかけた貴方に巡り合えた。きっと仏の導きなのでしょう』
どこか清々しい顔をした吉岡を前に、やはり新は憎しみも怒りも沸いてはこなかった。互いに同じ相手を想っていたからだろう。吉岡と壱哉はとても親密だけれどプラトニックな関係だった。しかも新が壱哉と出会うずっと前から一途に想いを寄せていた吉岡の心情を察すると心苦しささえ感じた。
『もう気にしないでください、吉岡さん。確かに最初は怖かったけど・・俺、吉岡さんにはたくさん世話になったし・・黒崎さんと肩を並べている貴方はずっと俺の憧れでした』
『・・・清水さん』
思いがけない新の言葉に吉岡は唇を噛みしめると無言で深く頭を下げた。
『あ、そうだ。不喜処行ったんですよ、俺。柿助さんがよろしく伝えてくれって言ってました』
柿助の名に柔和そうに目を細め懐かしむ様子の吉岡とそれから少しだけ会話を交わすことができたのだが、奪衣婆の話に及ぶと僅かに動揺を見せた。原因は奪衣婆ではなくカニのことを思い出したからだった。
『三途の川で亡者の列の整理をしていたのですが、私の着物の裾にその・・・カ・・・カニが登ってきて情けないですが動揺してしまいまして・・。そうこうしてるうちに大蛇とカニに驚いた亡者が列を乱しててんやわんやな有様で立ち往生することになったのですが、丁度その時私の前にいた奪衣婆の方へ吹っ飛ばされ亡者が突っ込んで来たのを見た瞬間咄嗟に体が動いてました。いくら非常事態だったとはいえ自分で頭にカニを乗せたのかと思うと自分でも不思議です』
少しだけトラウマを克服できたらしい吉岡の顔は妙に誇らしげで新も心置きなく賞賛を贈ったのだった。
裁判に赴く吉岡と別れた新は天国へと戻りながら壱哉のことを考えずにはいられなかった。
最後に吉岡が躊躇いがちに壱哉の行方を尋ねたからだ。
『あの・・壱哉様がどうされているか清水さんは知ってますか?』
奪衣婆や柿助らから地獄の刑罰について情報収集したらしく吉岡の顔には絶望が浮かんでいた。そんな吉岡に新は返す言葉を持たなかった。何故ならそれは新自身一番知りたくてしかたないことだったからだ。
亡者は裁判を経て地獄か天国へと振り分けられる。もちろん中には例外もあり現世へと戻ることを許される者もいるらしいが、弁護士として司法を学んだ新にも壱哉の処遇が軽く済むはずがないことはわかっていたことだった。
―――黒崎さん!!今、どこにいるんだよ?
本来なら死後粛々と行われる十王の裁きはとうに済んでいるはずだったが、誰も壱哉の行方を知らなかった。というより、新参者の新には便宜を図ってくれそうな伝手がなかったのだ。生前の壱哉の人となりからあたりをつけ、衆合地獄の刑場へと続く獄門のある花街へと足も運んでみたが、門番をする獄卒は望む答えを与えてはくれなかった。
『お願いします、一目会わせてもらえませんかっ』
何度も頭を下げる新に業を煮やしたのか、獄卒は煩わしそうに言った。
『だからダメだって。許可のない者は誰であろうと通れない規則なんだよ。君だってそれくらい分かるでしょ?罪人の罪状は個人情報だから簡単には教えられないし。生前どんな関係だったか知らないけどさ、親しかったんだろう?情にほだされて天国への逃亡の手引きなんて頼まれたら困るの君でしょ』
地獄の責め苦から逃れたい一心で亡者の中にはそういう不心得者もいるという話を新も聞いたことはあったが、天国と地獄の狭間には通路の両側の柱に浮き出た目が眼下を監視する隧道があり、その先には牛頭と馬頭が門番を務める門があり、彼女たちの目を盗み逃亡するのは容易なことではなかった。よしんば地獄内で逃亡を図ったところで、義経が采配を振るう烏天狗警察の追跡から逃れられるはずもなく捕まれば阿鼻地獄行き確実だった。
依頼人のためならば粘り強さを発揮していた頃が嘘のような情けない有様だった。壱哉に出会う前の無力な自分にすっかり戻ってしまったかのようだ。
後ろ髪を引かれる思いで、心とは裏腹に賑わう花街に背を向け悄然と肩を落とし帰ってゆく寂寥感漂う新の背を、見送る者があった。
衆合地獄の統括責任者である鬼女、お香だった。
『あら、あの子また来たの?』
尋ねるお香に、門番を任された獄卒は困り顔で答えた。
『そうなんですよ。別にあの小僧がなにかしでかしたわけじゃないし、気持ちもわからんでもないからこっちも対応に困るっていうか・・・。アイツ、アレでしょ?例の亡者のコレってやつ。意外っていうか人は見た目じゃわからんなあ』
声をひそめ小指をたてる獄卒に、微妙な笑みを返したお香は再び新の去った方を無言で見つめたのだった。