唐瓜

「ただいま~姉ちゃん・・・えっうわっ・・また随分気合入ってんなあ汗



「なに、アンタ戻ってたんだ・・ごめん、今ちょっと手離せないから」



久しぶりの実家に戻った唐瓜は、もわっとピンク色の甘い香りに包まれた台所に所狭しと並べられたできたてほやほやのチョコレートと奮闘する姉の出迎えに目を剥くこととなった。


ひらめき電球


唐瓜

「ああ・・そういや明日はバレンタインだっけ」



かつては節分とバレンタインがごっちゃになったイベントだったものが、今や語り草となったイワ姫の抜け駆け事件以降、現世と同様女子が意中の男子にチョコを渡す習慣が地獄にも定着してから久しい。



恋人もなく我が身とは縁遠いイベントが巡ってきたことにうんざりしながらひとりごちる唐瓜の声に滲む呆れを目ざとく感じ取ったのか、姉の目がキラリと怪しく光った。



「ふん、これも全て円滑な交流のためよ。オトコなんてホント単純なんだからさアタシみたいな可愛い娘からの手作りのチョコなら泣いて喜ぶってなもんでしょ。とにかく狙ったオトコ落とすなら今がチャンスメラメラ



汗



唐瓜

「手作りって・・・買ってきたチョコ溶かしただけじゃん」



藪蛇はゴメンとばかりにあえて強気な可愛いという自己評価はスルーして必死に手作りをアピールする姉に苦笑しつつも、ホレた男でもいるのかと気をもみながら健気なところもあるなと感心してニヤける弟にスリッパを投げつけた姉は得意げにいきまいた。



むかっ



「うっさいな!数うちゃ当たるんだから。チョコもらえない奴がどの口でいうかっ・・・安心しな、余ったらアンタと茄子にもあげっからさ」



汗



どうやら今年もおこぼれに与れるらしい。正直なところ嬉しさ半分困惑半分というところだった。なぜなら姉は無類の料理オンチだからだ。これまでもチョコを湯煎せず直火にかけ盛大に焦がしたり、塩スウィーツが流行った頃はどこからか聞きかじったのか甘みが引き立つからと塩を大量投入したりしたこともあった。枚挙にいとまがない失敗談にはことかかず、そのとばっちりを甘んじて受けた身として微妙な心地だった。



ごくり



果たして今年のチョコレートの出来栄えはいかに!?



昔から姉には逆らえない苦労性の唐瓜の顔に緊張が走った。



チョコ



唐瓜

「お~い、茄子~」



茄子

「あ、唐瓜・・・なんだよ急に」



待たされたことを拗ねているのか頬を膨らませて小石を蹴った茄子の声はそっけなかったが、口調とは裏腹にたれ目を大きく見開き瞳は期待に輝いているようだった。


昔から自由奔放な茄子に振り回されてきた唐瓜にとって手間のかかる幼馴染だったが、どうも放っておけないのだ。



だから唐瓜はその期待に応えるように今朝、実家を出るときに姉から餞別として持たされた可愛くラッピングされたチョコを茄子へと勢いよく押し付けた。



唐瓜

「ほら、これ茄子の分な・・・姉ちゃんから預かってきたチョコやるよ」



義理だとはいえ弟分の茄子に甘い唐瓜の姉からのささやかな贈り物が余程嬉しかったのか、はたまた兄弟同然とはいえ茄子からすれば一応実弟の唐瓜とは違いぎりぎり異性とも呼べる女性からであることが余程身に染みたかは判別できなかったが、ともかく茄子はいたく感激したようだった。



キラキラ



茄子

キラキラこれ俺に?ありがと~心の友よ~キラキラ





鬼灯の冷徹 茄子のときめきバレンタイン!? ラブラブ

ビックリマーク



次の瞬間、デレッと破顔して緩んだ頬を染め全身から喜色を発散させた茄子がバッと大胆に抱きついてきて唐瓜をぎょっとさせた。



仔犬のように千切れんばかりに尻尾をふり素直に愛情表現してすり寄る茄子の姿に戸惑いながらも照れる唐瓜の方も満更でなかった。



唐瓜&茄子

「せ~の!・・・・辛っメラメラ



可愛いラップを剥き悲喜こもごもの顔色で仲良く並んで大きな義理文字が輝くハート形のチョコを一口齧った途端、口の中が焼け付くほどの辛さに襲われ涙目になった二人には獄卒の芥子秘伝の特性チョコレシピだったことなど知る由もなく、なまじ悪意がない天然な所業だけに怒る気にもなれず後悔しても後の祭りだった。



茄子

「ん~確かにちょっと辛いけど・・・俺は好きだよ?」



ビックリマーク



茄子はほんのり涙目になっていたが、期待値を大幅に下回るものでもなかったらしい。たのもしく言い切り座ったまま足をぶらぶらさせながら懲りずにチョコを頬張る幼馴染のタフなところが唐瓜にはちょっと羨ましくもあった。



唐瓜

「え~?そうかな~?お前味覚大丈夫かあせる・・・・無理すんなよ?」



辛い物は食べた後がまた大変だから心配になり声をかけると茄子はニッと笑って唐瓜の胸が大きく鼓動を打った。


ドキドキ



茄子

「え?してないよ~それ食べないなら俺にちょうだい?」



汗



物欲しげな貪欲な眼差しがチョコに突き刺さる。しかし余計な対抗心がむくむくと小心な心に沸きあがった。唐瓜は無言のまま凄まじい気迫を発しながらチョコを一心不乱に貪りあっという間に完食した。



キラキラ



茄子

「は~~ドキドキ



鬼の形相でチョコをがむしゃらに頬張る必死な唐瓜の姿を隣りで見つめていた茄子の目が悪戯な好奇心を含んだ尊敬に輝いたのはいうまでもなかった。



一方、殺気の薄まる遠目から地獄の獄卒にあるまじきほんわかとした空気を漂わせて無邪気にはしゃぐ子鬼達を研ぎ澄まされた鋭角な視線で薙ぎ怜悧な美貌を曇らせた後諦念を漂わせて嘆息した鬼灯は、左手に握りしめた金棒を抱え直すとちらりと手元を見やった。閻魔大王用にと徹夜で用意したチョコを目にした途端、鬼灯の不機嫌そうに引き結ばれた薄い唇に白澤をして常闇の鬼神といわしめた冷笑が浮かんだ。



鬼灯

「この私自ら厳選してブレンドした香辛料をたっぷりと詰め込んだチョコレート・・・閻魔大王のお口にあうでしょうかね」



亡者の悲鳴をのせ腐臭漂う地獄の悪気を含んだ生ぬるい一陣の風が威風堂々と佇む美丈夫な鬼灯の艶髪を揺らし駆け抜け、仕事中の閻魔大王を悪寒に震えさせた。



運悪く間近でその笑みを目撃したシロをきっかり30秒間凍り付かせた後、様々な尾ひれがついた噂は瞬く間に地獄中を駆け廻り獄卒たちの間で下剋上の噂がまことしやかに語られたのだった。







鬼灯

「・・・失礼な。うせ誰からももらえなさそうな直属の上司に日頃のお礼も込めて気を使っただけですよ」



閻魔大王

「鬼灯君がくれたチョコ、歯が抜け落ちて胃に穴が開きそうなほど美味かったよ~・・ホントありがとうね~気を使わせちゃったかなあドキドキ







おしまい