この作品は、『常連さんと看板猫』の後日談です。まめたんの出現条件は、自由魔あらたんと仲良しで商店街の青果店であるフルーツを買うと出現する・・という妄想設定となっております。



「さ・・入ってくれよ。今、茶ぁ入れっからさ」



商店街の青果店で買ったフルーツの入った包みを手渡したした新は、自分と瓜二つの彼の姿に違和感を覚えながら少しだけ緊張した面持ちで愛想笑いを返すと、「おじゃまします」と小さな声で遠慮がちに挨拶した。



看板猫をしている異世界の新に案内されたのは以前、壱哉とともに訪れた時に見た、見慣れたかつての我が家そっくりの部屋だった。



愛用のバックパックをドサリと置き、指に食い込むヒモに辟易しながら紙袋を手放し、なんとなく定位置となっているいつもの場所に腰を下ろした新の前に、すぐに湯呑と手土産に渡したマスカットの盛られた皿が置かれた。



「おもたせで悪いな。ん~けどいい香りだぜ・・へへ美味そ」



少しの気まずさを感じながら軽く頭を下げがてら湯呑に目線を落とすと、淹れたての焙じ茶の香ばしい香りが鼻腔をかすめ、また一つ見つけた共通点により複雑な心地にさせられた。



茶をすすった新はこだわりなく対面の席へと腰を下ろし、まるで鏡面の中の影さながらに緊張した様子で茶をすすっている猫耳の彼の様子を伺いながら、さきほど脳裏をかすめたわずかな後ろめたさについて考えた。



確かめたわけではなかったが、猫耳の姿の彼の身に起きたことはおぼろげながら新にも理解できた。



あの夜、悪魔の力を借りた壱哉が何をしようとしていたのか思い出すだけで、新は心が痛くてたまらなかった。



『お前を俺好みの猫に作り変え可愛がってやる』



残酷なセリフを吐く壱哉に怯え、魂を奪われた時は全てに絶望しかけたこともあった。



(・・・でも黒崎さんは思いとどまってくれたんだ)



だから打ちのめされて砕けそうになっていた新の心は救われた。



――けど!!



そのまま奈落に突き落とされ、従魔へと作り変えられてしまった彼の心境を思えばやるせない思いが込み上げた。



本物の猫のように忙しくなく猫耳と尻尾を動かす今の彼から、憂いは感じられなかったがそれがいっそうの憐憫を誘った。



「・・・そんなさ・・・気ぃ使わなくていいよ?」



ビックリマーク



口にせずとも利発そうに輝く琥珀色の瞳に心情を見抜かれてしまった新は動揺せずにはいられなかった。



「・・・・ごめん」



気まずげな面持ちで謝ると看板猫は苦笑まじりに言った。



「だから謝んなくっていいって・・・俺、カワイソウとかって思われんのやなんだよ。確かにさ、こうなっちまった時は悔しかったしあの人のこと・・恨んだこともあったけどさ・・・あの人一人にしちゃダメだって思っちまったんだよな~」



「・・・ん、それちょっとわかる気ぃすんな」



壱哉を深く知れば知るほど、繊細な心の持ち主だとわかってしまったから。



「・・・実は俺さ・・・前に泣けなくなったことがあってさ。泣いても解決できないって思ってたし。涙って弱さみせるみたいで悔しかったからさ。泣くもんかって歯、食いしばってさ・・・強がってるうちにホントに涙が出なくなっちまったんだよね」



涙もろい方ではないが、本当に悲しいときに涙がでない状況というのは新には想像がつかなかった。両親が去った時は衝撃の方が強かったし、悲しみや喪失感に苛まれるようになったのは心の整理がついた後になってからだった。



人生を根底から突き崩されてしまうような災禍に二度も見舞われた彼に、壱哉と信頼関係を取り戻すことで立ち直れた自分がこんな言葉をかけていいものか迷いながら新は言った。



「・・・・その気持ち、俺もなんとなくわかるけどさ・・・確かに人前でピーピー泣くのはなんか同情ひくみたいで恥ずかしいけどさ・・・泣きたいときはおもいっきり泣いた方がすっきりするってーかさ」



しかしあの瞬間、壱哉の心を動かしたのは紛れもなく自分の涙だったのだと思えば涙がもたらしたものをなんとか彼に伝えたかったのだ。



すると、思いがけないほどあっさりと彼は相槌をうつと続けた。



「・・・そうだな。弱くてもいいんだって気づいたら、また泣けるようになってたんだ。あの人が俺の涙見ておろおろしてんのがなんか嬉しくってさ・・こんな姿にされて、あの人にとって都合のいい存在なんかになってたまるかって思ってたんだけどな~。だけどさ・・あんな寂しがり屋の人一人で放っとけねーし・・悪魔になって泣けなくなったあの人の代わりに俺が傍にいて泣いてやるって決めたんだ。」



その言葉に込められた彼の強さからは、けして悲しみに彩られただけのものではない、運命を真っ向から受け止めた者だけが持つ輝きがあると新は感じ入った。



「そっか・・・でも、だからってあんま泣かされんのは勘弁だよなあ?あの人、す~ぐ調子のるし」



重い空気を払拭するように振ると、看板猫も屈託なく笑い返してくれた。



「ホントぽんぽこぴーだもんな?」



もはや口癖となってしまった一言が彼の口から出たことで、一気に打ち解けた新は緊張で失念していた

用事を思い出すこととなった。



「あ・・・、そうだ・・これ・・留守に勝手に借りちゃってごめんな?・・・俺と黒崎さんの着替え・・・吉岡さんがクリーニングに出してくれてさ・・・さっき受け取ってきたとこなんだ」



ビニールのかかった作業着とスーツを手提げ袋から慌てて取り出した新が受け渡すと、看板猫は鷹揚に頷いてくれた。



「わざわざ返さなくてもよかったのに。その2着ならタンスん中に腐るほどあるし。そもそも服汚れたの、うちのタヌキ共のせいだろ?こっちこそなんか迷惑かけて悪かったな」



汗・・・今、ウチのタヌキって言った?」



一瞬聞き違えかとも思ったが、重い溜息を一つついた看板猫はちょいちょいっと内緒話をするかのようなジェスチャーで新の注意を引くと重い口を開いたのだった。