この作品のタイトルは自作のカフェリンドのBL小説「夜明けのコーヒーを一緒できるまで・・」からとりました。少年Aってそういや新くんもだなあ・・・と単純な発想ですが、お舅さんの吉岡さんに料理のコツ教わるなんて・・・お嫁さんな新くんに壱哉もイチコロ(=壱哉も転ぶの略)かもな~と思ったり。
それはある朝の出来事。
肩を優しく揺すられた壱哉が目を覚ますと、壱哉のシャツを羽織ったしどけない姿の新が覗き込んでいた。
壱哉
「ああ・・・新、おはよう・・・早いな。・・今日は休みだろう・・?」
習慣となった朝の挨拶を交わしながら尋ねると、一つ頷いた新が満面の笑みを浮かべたまま言った。
新
「おはよ、黒崎さん。・・・あのさ・・・コーヒー淹れたんだけどさ・・・飲む?」
いまだ寝ぼけ眼のまま、億劫な様子で短く「ああ」と壱哉が応えると、新は「ちょっと待ってな」と言い置き、軽やかな足取りで部屋を出て行った。
待つことしばし・・やがて芳しい香りと共に新が湯気のたったマグカップを手に寝室へと戻ってきた。
ぶかぶかのシャツから伸びた華奢な新の脚を愛でながら、ぼんやりと視線を上げると、黒と緑の色違いの揃いのマグに目を止めた壱哉の口元に笑みが浮かんだ。
新
「ほい、これ。熱いからさ・・気ぃつけてな」
新の差し出したコーヒーを目にした瞬間、以前飲ませてもらったインスタントコーヒーを思い出し、壱哉が躊躇ったように動きを止めた。
壱哉
「・・・・・・」
新
「インスタントじゃねーって。だから安心して飲んでよ」
壱哉
「・・・・美味い」
新に勧められるまま素直に口をつけると、いつもと同じ美味しさが壱哉を安堵させた。
コーヒーを飲む自分を嬉しそうに見守る新の視線を意識しながら、その魅惑的な笑みの謎を解きたいと壱哉は思った。
――なんだ?
今朝の新はどこか思わせぶりな様子で、コーヒーで意識がしゃっきりしてみると殊更気になってしまった。すると案の定、壱哉が話を向けるまでもなく得意げな様子で新が秘密を明かしてくれた。
新
「へへ、だろ~?実はさ、この間吉岡さんに教えてもらったんだ。だから今、黒崎さんが飲んだのは俺が淹れた分」
新が師と仰ぐ尊敬する吉岡に伝授されたのならば喜びもひとしおなのだろう。新の興奮のわけに合点がいった壱哉は、もう一口コーヒーをすすると、心からの賛辞を贈った。
壱哉
「・・・吉岡に?そうか、良かったじゃないか・・新、コーヒー美味いぞ」
新
「うん。なんか認めてもらえたみたいでさ・・・嬉しかったんだよな~」
壱哉
「物覚えがいいからな、新は。・・・吉岡もほめてたぞ?この間、お前が吉岡に教わって作ってくれたオムレツも美味かった」
新
「!・・・ほんと?・・なんか照れんな。・・・あのさ・・黒崎さんも・・・嬉しい?」
―――俺が淹れんので・・・いいのか?
どこか不安げな面持ちの新を前に苦笑した壱哉は、労わるような口づけをしてやると微笑んだ。
律儀な新はどうやら吉岡の役割を奪ってしまうことに遠慮を感じているらしい。
もしかすると、吉岡が壱哉に向ける秘めた想いを知るゆえの葛藤がなせるわざかもしれなかったが・・・
二人の想いを知りながら享受する自分の態度が新の不安を呼ぶのかもしれないと思えば、より愛しさが募った。
壱哉
「ああ・・・お前が俺の好みをわかろうと努力してくれるのは嬉しい。・・吉岡もそう思ったからお前に技を伝授したいと思ったんだろう。・・・俺にとってお前もあいつも大切な家族だからな・・・・だからありがとう、新」
―――
新
「・・・黒崎さん。うん、ありがと・・・そういって貰えて・・俺、嬉しい・・・んっ」
チュッ
可愛らしい言葉をつむぐ唇を穏やかな朝に相応しく優しく奪った壱哉の脳裏に名案が浮かんだのはその時だった。
壱哉
「・・・そうだ。今日は俺がお前の好物を作ってやろう。・・・感謝の印だ」
――
しかし壱哉の思惑は新を困惑させるものでしかなかった。
料理の練習と称してこれまで壱哉が葬ってきたキッチン用品の数々が走馬灯のように新の脳裏を駆け抜け、新は重い溜息をついた。
新
「・・・えっと・・・はあ・・そうくるか~」
壱哉
「・・・俺だって日々精進してるからな。米研ぎは余裕だし・・・目玉焼きだって・・」
新
「・・・気持ちだけ・・・もらっとくからさ・・黒崎さん」
壱哉に手取り足取り料理を教えることは嫌いではないが・・・何事にも限度というものがある。
しかし嬉しそうにフライパンをふる壱哉を見たら、「まあいいか」と思ってしまうのだ。
・・・新にとってそれは最早大切なコミュニケーションだからだろう。
壱哉
「・・・遠慮するな」
ズレた受け答えをしていても、本気で怒る気になれないのは壱哉もまたその時間を大切に思ってくれているからだと感じるからだ。
新
「いや、遠慮とかじゃなくてさ・・・人の話聞け~~・・ってふふっ・・・しょうがねえなあ
・・・わかったってば」
すっかり気を取り直した新は、子供のようにわくわくした面持ちの壱哉の反応を伺いながら機嫌よく言った。
壱哉
「・・・新?」
新
「教えてやっからさ・・・俺と昼飯作ろ?・・んでさ・・一緒に食お?・・・・約束」
壱哉
「ああ・・・約束だ。・・・楽しみにしてるぞ、新」
こうして淹れたてのコーヒーとともに、輝きに満ちた新たな壱日は始まるのでした。
おしまい