壱哉との友情のためにはせ参じた樋口を病室で見送った新は、


確かめるように上目づかいで壱哉を見つめ返した。



「・・・勝ったのか俺達?」



「・・ああ、そうだ。俺達はまたあの悪魔に打ち勝つことができたんだ。


・・新、お前のおかげだ・・・ありがとう。・・俺だけでは無理だった」



あの甘い悪夢の中で、そして現実においても幾度なく我が身を救ってくれた、


温かな恋人の温もりを、絆を確かめるように抱きしめると、壱哉はやっと己の居場所に戻ってこれたのだと実感できたのだった。



「・・・・・うん、お帰りなさい・・・黒崎さん」



一方、新もまた再びこうして無事な姿の壱哉を取り戻せたことに喜びと感慨もひとしおだった。



壱哉の無事を心の底から願い、信じていたとはいえ、その間もずっと目の前で最愛の人が力なく倒れた時の光景が幾度なく脳裏を過り、喪失に怯える心を苛んだのだから。



あの時感じた無力感や絶望感はまだ心の片隅に残り痛みの爪痕を残したが、それでもこうして力強い壱哉の鼓動を確かめるごとに薄れてゆくのが実感できた。



「ふっ・・・・っ」



抱きしめた腕の中で、安堵の嗚咽をもらして震える新の小さな体を、慰めるように、あやすように抱きしめながら、壱哉は心配をかけてしまったもう一人の家族に労うように視線を転じた。



揺るがない信頼厚い温かな眼差しで己を見返す吉岡の姿に安堵を覚えながら、壱哉は声をかけた。



「・・・お前にも心配をかけてしまったな、吉岡」



「いえ、・・・無事に戻られると信じてましたから。・・・お帰りなさい、壱哉様」






「ああ、ただいま、吉岡。・・・・すまないがすぐ退院の手続きをしてくれないか?・・・帰ろう、俺達の家に」



すると吉岡は笑みを湛えたまま頷きかえした。



「わかりました、壱哉様。帰りましょう・・・家へ」



「・・・吉岡」



踵を返しドアへと向かう背に呼び止めるように名を呼ぶと、足を止めこちらを振り返った吉岡に、壱哉は僅かな躊躇を滲ませながらも、けれども揺るぎない想いのまま告げた。



「・・・吉岡、それに新・・・もうすぐ彼岸だろう?・・今度三人で俺の母の墓参りに行かないか?」



――!!



それはあの甘い悪夢から生還した壱哉の心に自然と芽生えた母への思慕から生じた温かな感情からの発露だったが、口にした途端、吉岡と新を驚かせてしまったようだった。



「ええ、スケジュールの調整はお任せください、壱哉様・・・ぜひ私も貴方の母君の墓前で参らせてください」



壱哉の心境の変化を機敏に察し、すぐに秘書の顔で言った後、一拍呼吸をおき、

今度は大切な家族の顔で吉岡答えてくれたことに安堵していると、


腕の中に込めたままだった新が検査衣の裾を小さく引っ張った。



見ると、泣きはらした目の新が、上目使いのままじっとこちらを見上げていた。



「・・・俺も、黒崎さんを生んでくれた人に、ありがとうって伝えたい」



!!



出自について詳しく語ったことはなかったが、新の言葉は驚くほど柔らかく壱哉の心にしみ込み、潤わせるものだった。



「ああ、ありがとう・・・新」



あの母から生まれなければ、背負うことのなかった苦しみがあった。


しかし生まれたからこそ、こうして愛しく想い合える者と出会うことができたのだと思えば、

これまでずっと目を逸らし続け心の奥底で長年にわたりわだかまっていた想いが昇華されるのを壱哉は感じた。





退院の手続きを待つ間、壱哉は温かな余韻に浸りながら腕の中に込めたままの新の体を愛おしげに抱きしめたまま言った。



「・・新、俺は眠ってる間、ずっとお前の夢を見ていたといっただろう?」



夢の中の経験をはっきりと覚えている壱哉に比べ、新は心地よい夢の名残を留めているにすぎなかったが、それでもその温かな想いと共に頷きかえした。



「・・・ん」



「・・俺が見たあの甘い出会いが現実だったら良かったんだがな」



それはただの願望ではなく、新を傷つけてしまった悔恨の情から発せられた言葉であった。夢の中で真実を知り傷つけてしまった恋人の泣き顔を想いながら切実な想いに浸る壱哉の鼓動に耳を傾けながら新は言った。



「そうだな。確かにさ、それが本当なら良かったと俺も思う。・・でもさ、俺・・・黒崎さんと出会えたこと、後悔してねぇからさ・・だからいつまでもくよくよすんなっ」



寛容で度量の広い年下の少年に諭され思わず愛しさが込み上げた壱哉は、新を抱きしめずにはいられなかった。



「ありがとう、新・・・俺も、お前に出逢えて・・・本当に良かった」



告げた途端、可愛らしく笑みを浮かべた口元に心惹かれた壱哉は、命の息吹を与えてくれた新の唇の温もりを確かめるようにそっと唇を重ねた。





夢の名残が残る病室で重なり合う影絵のごとく、


密やかに吐息と共に抱擁を交わす恋人たちの口づけを知る者は、



窓の外に広がる深い秋の夜空の彼方、天高く輝く星々だけだった。星空




ラブラブ赤薔薇姫-俺下 あらたん感涙




            


キノコおしまいヒマワリネコ