「ただいま~っと・・・はあ」
花火の後を綺麗に片付け、バケツを持ち壱哉を従え部屋へ戻った新は、改めて様変わりした室内を見回した。
青々とした畳の清々しいイグサの香りを楽しみ、エアコン、システムキッチン、を順次見やった新は、ひとりごちた。
「・・・・なんかいつの間にか部屋ん中豪華んなってるし」
劇的に変化した空間に佇みながら、新は先ほど壱哉から聞いたS・Gカードについて思いを馳せた。
(これ全部、黒崎さんが魂削って俺んためにしてくれたんだな・・・)
愛情を金や物で贖えると思わなかったが、自分のために壱哉が払った犠牲を思えば感謝にたえなかった。とはいえ、やはり消失しかけた壱哉を目の当たりした後となっては、壱哉の無謀さに腹は立ったし、恐怖も感じた。
!
「新?・・・どうした・・」
ポフッ
突然振り向いた新に勢いよく抱きつかれた壱哉は動揺を隠せないまま抱きしめながらそっと様子を伺うと、どうやら新は震えているようだった。
「・・・黒崎さんのば~かっ・・ったく消えたりして心配かけんなよっ・・」
日常の風景に立ち戻った途端、今更ながら事の重大さが身に染みてきて腰が抜けそうになる新を、壱哉はしっかりと抱きかえすとあやすように囁きかけた。
「・・・新、心配かけてすまなかった」
するとわが意を得たりとでも言うように勢いづいた新が捲し立てた。
「そ~だぞっ!俺・・確かにエアコンも新しいキッチンも好きだけどさっ!でもそれって取り換えがきくもんだろっ?・・く、黒崎さんはこの世に一人しかいないんだかんなっ!・・も、無茶すんなよっ!!心配かけんなバカッ」
この数日間確かに何度も危機に瀕したことを思えば、新の言い分はもっともだった。
これだけ頭ごなしに馬鹿と連発されたことも、怒られて嬉しくなるのも生まれて初めての経験だったが、壱哉は緩んだ顔でひたすら謝った。
「・・泣かないでくれ、ほら・・お前がいてくれたから俺はこのとおり無事なんだ
・・ありがとう、新」
「・・・うん、・・・じゃ、俺メシの支度すっから」
うっぷんをぶちまけて気が済んだのか、はたまた食事の支度という重要な役割を思い出したのか、目じりに溜まった涙を無造作に拭うと、新は気を取り直したようにキッチンへと立った。
(・・・俺は一人しかいない・・か。新にそんな風に言ってもらえるとはな・・)
その背を見送りながら心配をかけたことを反省しながらも、心配をしてくれる者がいることの喜びを壱哉は一人噛みしめていた。
それから待つことしばし、ローテーブルの上には涼を感じる夏らしい料理が並べられたのだった。
「ほう・・今夜はそうめんか・・美味そうだ」
たっぷりと用意された刻みネギ、ミョウガや生姜などの薬味に合いそうな冷えたそうめん、ナスの揚げびたしに揚げだし豆腐を肴に酒でも飲みたいところだったが、生憎と酒も晩酌相手もいなかったので我慢するしかなかった。
「ほい、おまちど~さん。じゃ、食べよ?」
連れ添う証しのように、ごく自然に並んで座った新の存在を愛おしく思いながら、壱哉は感謝とともに食前の挨拶を交わした。
「・・いただきます」
「けっこういけると思うぜ?俺、出汁だけはケチらないようにしてんだ」
新が自慢するだけはあるようでかつお出汁のきいたよく冷えたつゆを器に注いでもらい、好みの量の薬味を入れてそうめんを食べた壱哉の顔に笑みが浮かんだ。
「・・・美味い、湯で加減もちょうどいい」
新も美味そうにそうめんをすすりながら、満更でもない様子で言った。
「へへ・・・今夜のメインだし、まだいっぱいあるからさ。・・これ、この間大家さんからお中元でもらったんだ~。でもさあ、俺はだいたい昼は外で弁当だし・・黒崎さんも一人じゃ心配だろ?」
可愛い顔して何気に毒をはく新に苦笑しながらも、調理に失敗してキッチンを焦がした前科があるだけにさすがに言い返すこともできなかったので、壱哉は誤魔化すように薬味でむせたふりをしたのだった。
思った以上に腹がすいていたらしく、あっという間に食べ終わった後、手際よく皿を片づけた新は先ほど食べ損ねたスイカを冷蔵庫から取り出すと、さらに食べやすい大きさに切り分けてから出してくれた。
「・・スイカか、よく冷えていそうだな」
別に知覚過敏ぎみでもなかったが、冷えた食べ物がなかなか手ごわいイメージがある壱哉に対し、新は気にした風でもなくかじり付き、案の定「つめて~」と顔をしかめた。
「・・はあ~なんか大家さんには世話んなりっぱなしだよなあ・・お中元ももらいっぱだし・・」
「ああ、それなら心配ない。まあ俺が主に迷惑かけたわけだから当然なんだが・・商店街の和菓子屋で買ったフルーツと小豆を贅沢に使った水羊羹とゼリーのセットを渡したぞ」
片肘をつきサクサクとスイカを食べながらひとりごちる新にまた心配をかけてしまわないかさりげなく気にかけながらも壱哉は報告した。