「・・・楽しかったなあ・・・な?黒崎さん」



しんみりとした気分を吹き飛ばすように元気よく立ち上がった新の差し出した手につかまりゆっくりと立ち上がると壱哉は頷きかえした。



「ああ・・・今度は別荘ででもやるか・・東京の本宅でもかまわないが・・あまり派手な音をたてると近所迷惑だろうしな」






「うわっ・・なんか黒崎さんがすげ~真っ当なこと言ってる・・なんか黒崎さんじゃねぇみたいだ」



珍しく・・というのも不本意ではあるが、良識ある発言をした途端、新に驚かれてしまい憮然とした面持ちで壱哉は返した。



「人聞きが悪いぞ・・一応俺は保護者としてだな・・」



けれど賢明な壱哉は言えばいうほど墓穴を掘りそうな予感に大人しく口をつぐんだのだった。



「・・・んん・・・ひょっとして・・服のせいかもなあ・・なんかいつもと雰囲気違うもんなあ」



壱哉といえば、いくらオーダーメイドで洗練された高級品とはいえまるで葬儀屋のように黒を基調とした衣装を好むイメージがあった新だったが、今、目の前にいる壱哉は借り物を着ているせいか微妙に体に合っていないものの妙に爽やかでまるで違う人のようだと思った。



「・・・そうか?・・俺としては股下が合わないと思うんだがな」



「あ~~~確かに」



澄まし顔でぼやく壱哉に苦笑しながら目線を下ろすと、確かにパンツの裾が10センチほど足りないようだった。



「・・贅沢いうなっ・・身長あるだけでもありがたいってのにさ・・俺なんか・・」



身長の話題になるとことさら敏感になる者がまた一人いたことに苦笑しながら、壱哉は真顔で言った。



「・・俺としてはちょうどいいと思うんだがな・・抱き心地も最高だし」



「ひゃっ・・・だから持ち上げようとすんなってっ」



腕の中で活き魚のごとくじたばたする新を抱き寄せながら、壱哉は束の間の温もりを離すまいと愛しく感じていたのだった。





「・・・壱哉様、お待たせしてしまい申し訳ありません」



その時、背後からひどく場違いな冷静な声が割って入り、しぶしぶ持ち上げることは諦めたものの、それでも新を腕に込めたまま壱哉は声の主を振り返った。



「・・なんだ・・いいところだったのに・・・コホッ・・いや、終わったのか?」



部下の手前素早く体面を整えると何事もなかったかのように返す壱哉を面白がるように新は見上げた。



(・・黒崎さんも大変だよなあ・・・威厳って大事だもんなあ・・・)



口元をゆるませる新へのお仕置きを考えながらじろりと部下を見据えると臆したように彼は僅かに身じろいだものの、吉岡仕込みのポーカーフェイスを張り付けたまま報告した。



「・・・はい、畳の総入れ替えは無事終了いたしましたので、我々は撤収します。それからスーツは早急にクリーニングに出しますので、明朝お届けいたします」



淡々と報告をしながら、亜木本は雇い主の壱哉とその腕に抱かれた少年を観察していた。



(ん・・?あの子見覚えがあると思ったらあの時の子か・・・)



亜木本の脳裏に電車で仕掛けた罠の情景が思い浮かんだ。


実はあの時少年の直ぐ傍に配置されていたのだが、彼はそれどころではなかったらしく顔を覚えられていなかったのは幸いだった。



(まさかあの時の子が壱哉様の恋人になるとはねえ・・・吉岡さんから報告はあったから知ってはいたけど・・遠目で見ても壱哉様のあんな姿寒気(とりはだ)がするのに、一緒に暮らして間近で見守れる吉岡さん、尊敬するね俺は。やっぱりあの人は偉大だ・・あ、でも一番の功労者はこの子・・・かな。なにせあの吉岡さんが認めてるんだしね)



「・・ご苦労だったな」



壱哉からの労いの言葉を受け取るや否や亜木本は怜悧な美貌(個性)を消すサングラスをつけると、古くなった畳を手にした撤収組とともに音もなく闇夜に立ち去っていったのだった。



「・・・なんかすげ~・・あれもやっぱ吉岡さん仕込み?」



妙なところで感心する新に壱哉は苦笑すると口を開いた。



「ああ・・吉岡の指導の賜だな。お前は見習わなくていいぞ?」



没個性の彼らのようになれるはずもなかったが、壱哉が自分の個性を尊重してくれることが嬉しくて微笑みかけると、新は嬉しそうに言った。



「なんないって・・俺なんか100年かかっても無理だって・・まあ、吉岡さんのことは尊敬してっけど」



するといきなり壱哉が拗ねたようにぼやいた。



「吉岡、吉岡って・・お前まであいつの信奉者にならんでいい」



吉岡のことは大切であっても、やはり男として負けるのは悔しいらしく大人げない壱哉の態度に呆れた新は、抱きしめられた腕の中で身を寄せると、優しくささやきかけた。



「・・比べてねぇってば。・・黒崎さんが優しい人だって・・俺しってるし、大好きだからな」






「そ、そうか・・・新・・ドキドキ



いい雰囲気になろうかと言う時だった・・・



~~~きゅるるっ



!!



汗・・・ごめん、俺ん腹だ・・・」



腕時計で時刻を確認すると、昼に弁当を食べてからだいぶ時間が経っていた。ましてや今日一日で新の身に起きたことを考えれば腹が音を上げるのも致し方ないことだった。



「・・・いや、無理もない。・・夕飯どうする・・?・・どこか食べに行くか?」



本来なら夕飯にと用意されていたカレーはたぬきのせいで台無しにされてしまった。


とはいえできることなら二人きりで過ごしたいと言う欲求も感じながらも、作る手間暇を考えれば安易に家食を言い出せずにいると、新が頼もしい笑みを浮かべたまま言った。



「俺、作るからさ・・ちょうどいいもんあるしさ・・待てる?」



新からの嬉しい申し出に喜色を浮かべた壱哉は頷きかえした。





メガネ※作中に登場する亜木本はゲーム中には登場しない架空のキャラクターです