※手持ち花火の使用法、使用場所に関してはあくまでも作品上の演出ですのでご了承ください。
・・それから
パチパチパチッ
アパートの敷地内、階段を下りた先の開けた場所に中腰姿勢で陣取る壱哉と新の手には、素朴な※線香花火が握られていたのだった。
「・・・それにしてもいつの間にこんなもの買ってたんだよ?」
花火などするのは両親が健在だった小学生の時以来だと感慨に耽る新の切なさを噛みしめている横顔をそっと窺った壱哉は、穏やかな声で言った。
「・・昨日、スーパーで見つけてな。・・その、花火といえば夏の風物詩だろう?・・・ちょっと興味があったんだ」
!
壱哉の微妙な言い回しになにか感じるものがあったのか、新は消えゆく小さな火花を惜しむように見つめたまま尋ねた。
「・・・もしかして・・すんの・・初めて?」
「・・・・ああ」
こちらをそっと窺うような優しい新の気遣う気配に心打たれながら、壱哉は以前特等席で夜空を彩る花火を新と吉岡と共に観覧した時さりげなく交わした会話を思い出していた。
ド~ンッ
『やっぱすげぇなあ・・毎年TVとかでやってんのならチラッと観たことあんだけど・・・実物は迫力が違うよなあ・・手を伸ばしたら届きそうだぜ・・音もすげぇや・・連れてきてくれてありがと、黒崎さん』
興奮した面持ちでベランダの手すりから身を乗り出すように夜空のキャンパスに浮かぶ花火を鑑賞する新の姿を満足そうに見やり、吉岡に注いでもらった酒を楽しんでいた壱哉の耳にふと新の独り言が聞こえてきた。
『・・こんな世界、見下ろしている人も世の中にはいんだな。・・俺なんか親父とお袋とやった線香花火くらいしか知らねえもんなあ・・』
!!
何気なく呟いた新の言葉に、『真の贅沢』とはなにか改めて壱哉は考えさせられたのだ。
(・・結局言い出せずに、あの夏は終わってしまったが・・それが残念でならなかった)
だからこそあのスーパーで線香花火のセットを見つけた時、迷わずに買い求めたのだった。
一方、新もまた思った通りの答えに胸がつまる思いがしながら、記憶に残る夏の思い出に想いを馳せた。
浴衣を着せられ、蚊の襲来に悲鳴を上げながら庭で家族そろって手もち花火に興じた薄闇に照らし出された温かなひと時の興奮を壱哉は知らないのだと思えば、切なさがこみあげた。
「・・・感想は?」
穏やかな子供時代をどこかに置き去りにしてきてしまった壱哉を伺いながら、見守るような心地で新は尋ねた。
「・・なかなか楽しいものだな。・・新、お前はどうだ?」
満更でもなさそうな顔で花火に興じる壱哉にそっと笑い返しながら新も頷きかえした。
「・・・俺も・・だってさ最初の花火ってさ・・家族とするもんだろ?」
!!
「ああ・・・そうだな。・・・それじゃあ今度は吉岡も混ぜてやるか・・」
恋人気分の時は壱哉と二人きりで、家族と過ごすひと時は壱哉と吉岡と三人で
・・すでに新の中で確立した立ち位置であったので、迷わず頷きかえすと、さらに嬉しそうに微笑む壱哉の口元が微かな光に照らし出され、闇に溶けた。
「・・でもさあ・・良かったぜ」
可愛らしい火花を精一杯散らす線香花火の慎ましさに和みながら、新は揶揄するように言った。
「・・・?・・・なにがだ?」
不思議そうに顔を上げた壱哉に新は肩をすくめながら空を指した。
「あんたのことだからさ・・花火なら打ち上げだとか言ってさあ・・こうデッカイやつかますかもなあ・・って」
河原を貸切状態にして、何発も夜空に大輪の花を咲かせる手配をする壱哉の様子がごく自然に思い浮かんで脱力する新に、「なるほど」っと相槌を打つ壱哉に新は慌てて止めに入ったのだった。
「・・・いいからな!?・・・まあ確かにおっきい花火もすげ~とは思うけどさ・・・今の俺にはこんくらいの花火がしっくりくるって~か。・・・とにかくありがとな?黒崎さん。今年もどこもいけねぇって思ってたけど・・・大好きなあんたとこうして二人きりで夏を満喫できて・・俺、うれしかった」
!
「・・俺もだ。こうして恋人のお前と過ごせて・・お前が夢を取り戻せて・・・よかった」
いまだ続く漠然とした不安を抱えながら、何気なく壱哉が水を向けた時のことだ。
「・・・うん。俺ん夢は・・・・そ、大学生に無事んなることだもんな・・はあ勉強しねぇとっ」
!!
(・・・なんだと?)
その新の一言は壱哉の不安を決定づけるものだった。そしてその瞬間、壱哉は違和感の正体に気づくことになったのだった。
(うかつだった・・なぜ気づかなかったんだ。そもそも樋口の話が出た時におかしいと思うべきだった。あいつが、樋口が夢を掴んだこと・・新は知っているはずだ。
樋口はターゲットの一人だったから、いくら何もなかったとはいえ直接は会わせないようにしていたんだが、それでも樋口が俺の友達でローズブリーダーとして成功しているヤツだということは新も承知だったはず。
なのに、樋口はともかく新までその事実を忘れていることに気づくのが遅れてしまったのは記憶の混乱のせいだと思っていたからだ)
!!
(そういえばさっきも聞き流してしまったが、新は『今年も』と言っていなかったか?)
そして壱哉は漠然とだがある考えに思い立ったのだった。
(もしかすると・・新は俺と出会い過ごしたあの夏で留まっているのかもしれない。)
大きな記憶の齟齬は見受けられなかったものの、冷静になってみればネピリムの二度目の襲来やこの世界に来ることになった経緯すら説明されなければわからないと言うのはやはり矛盾に思えた。
「・・・これで最後だぜ」
!
『最期』という言葉にドキリとしながら新を見やると、新の手には最後の一本とおぼしき線香花火が握られていたのだった。
(・・花火のことか)
「・・黒崎さんがする?」
壱哉の動揺には気づかなかった様子で他意なく線香花火を差し出す新に、無言のまま首を振ると新の持つ最後の一本に惜しむような心地で火をつけてやった。
パチパチパチッ
まるで地に伸びる彼岸花のようだと思いながら、繊細な火花を散らす幽玄の美の象徴ともいえる花火を愛でる新の穏やかな佇まいを壱哉は脳裏に焼き付けた。
(俺は必ずお前の夢を取り戻し、お前への愛を証明してみせる!)
ある日突然、愛する者との別れがやってきてしまうことを嫌というほど承知していた壱哉だったが、同じ痛みを知る新を、けっして不条理に奪わせまいと消えゆく花火を前に密かに誓った。
やがて最後の緋色の一雫が零れ落ち、辺りには名残ともいうべく残り香が漂うまでとなり、二人だけの花火を囲む夕べはお開きとなったのだった。