「・・・・・くさい」



感情が高ぶっていたせいか麻痺していた五感が戻った途端、無視できない臭気が壱哉の鼻腔を刺激した。



「・・!?・・・あ、ごめん・・・汗臭かった?」



恥ずかしそうに身を引こうとする新をもう一度抱き寄せると壱哉は優しく言った。



「・・・お前のことじゃない。・・むしろ俺には好ましい匂いだからな」



「へ・・変なこというなっ・・・ま、まあ俺も黒崎さんの香水の匂い・・嫌いじゃないけどさっ」



体臭に言及した途端、年頃の少年らしく動揺する新の反応に満足しながら、壱哉は無言のまま百聞は一見にしかずとばかりに明かりを点けた。



!!!!!!



眩しさに目が慣れた途端、目に飛び込んできた室内の惨状は新に衝撃を与えるものだった。


足あと


「なっ・・・なんだよこれっ!?・・俺もさっきから変な臭いすんなって思ってたけど・・これかよっ」


バナナバナナバナナ



転がった鍋から零れ放射状にまき散らされたカレー、そして空き箱から溢れ出て何故か室内に散乱する独特の熟れた甘い臭気を放つバナナの皮・・皮・・皮・・・そのあとを縫うように畳の上に残された蹂躙のすさまじさを物語るたぬきの足跡・・・



「か・・・片付けねぇとっ・・・たぬきなんかに負けてたまっかよおっ・・」



趣味が掃除だけあって、ゴミ袋と雑巾を手にした新が俄然やる気を出したこともあり、瞬く間に室内は片付いたのだった。



「・・・綺麗になったじゃないか。・・さすがだな、新」



「・・けど、さすがに畳ん染みは全部取りきれなかった・・はあ、大家さんに合せる顔がねえよ」



足あと



確かにカレーを踏んだとおぼしき忌々しいたぬきの肉球のあとがそこかしこに見てとれた。



汗



「・・・この際だから・・畳を入れ替えればいいんじゃないか?・・ちょっと待て・・今すぐ吉岡に・・」



有言実行とばかりに吉岡に連絡を取り、即急に手配を終えた壱哉が見ると、新は見るも無残な姿に変貌してしまった薔薇を前に感傷に耽っている様子だった。



――新?



無残に花弁を散らせた薔薇の花びらに目を留めた新は、ゆっくりその場に跪くと労わるように花びらの散った一輪の薔薇を手に取ったのだった。



「・・・これ、・・・俺んために?」



その薔薇は壱哉が樋口の店で買い求めたという赤い薔薇であることは明白だったが、新は確かめたかったのだ。



「・・・・ああ、お前に贈ろうと思って用意したものだが・・残念だ」



ありふれた告白かもしれなかったが、壱哉としては愛する新に薔薇を贈り求愛するつもりであったのだが、思わぬ邪魔が入ってしまい台無しになってしまったことが悔やまれてならなかった。



!!



「・・そっか。・・・ありがと、黒崎さん」



部屋の惨状はともかく、その赤い薔薇は自分のために壱哉が用意してくれたものだということが、新の気持ちを浮上させた。


花弁を部屋中に散りばめられた薔薇は飾るのも痛々しかったが、それでも新は一枚一枚根気よく拾い集めた赤い花びらを掌で大切そうに包み込んだ。






そんな健気な新の姿に心打たれた壱哉に名案が浮かんだのはすぐのことであった。



ブーケ1