「そういやあ・・黒崎さん、今晩遅くなるって言ってた用って・・その、花屋のエプロン兄ちゃんと会うことだったんだ?」



隣りで肉じゃがをつついていた新が箸をとめ、不安そうな面持ちでこちらを見上げながら尋ねた。



指摘された壱哉は、改めて考えてみた。あの時点では樋口に対しネピリムの変化かもしれないという疑いをもっていたのだが、実際に会ってみた感触ではノーと決定せざるを得ないものだった。



(確かに樋口には一応(・・)誘惑されたわけだが・・・あの程度で揺らぐ俺ではない)



百戦錬磨とまでは言わないが、樋口の子供だましの誘惑で落とされるほど落ちぶれてはいないつもりだった。



(まあ・・新のお願いだったら別だが・・・拙くてもそれはそれでそそられるからな)



ブッ



危うく妄想で吹き出しそうになった鼻血をなんとかやりすごした壱哉だったが、それはともかく樋口が魔性とは程遠いものであったことだけは確かだった。だからこそ結果的にはただの再会を祝した同窓会になってしまい早々に引き揚げたのであるが・・・



樋口=ネピリムの線が完全に消えたことは確認できたわけだから、一応の収穫はあったのだが、他の誰かに化けている可能性も完全には捨てきれず、もしくはその考え自体が誤りである可能性の方がいまや高いといえた。



だが、一番肝心なことは、樋口と会ったことを新が気にかけているということだった。



さて、なんて応えたものかな



★酒が飲みたかっただけだ(+300,000)



新の夢を取り戻すために、障害となるネピリムを排除したくて樋口に会っただけだがそれで新を不安にさせては本末転倒だった。



「・・・酒が飲みたかったんだ。・・・ここには料理酒くらいしか置いてないだろう?だから商店街まで酒屋を探しに行ったら、たまたま中学のクラスメイトだった樋口と会ったんでな」



新の様子を伺いながら、当たり障りない説明をすると、「ふうん」と新は曖昧に頷きかえした。



「・・・・それだけ?」



それでも不安なのか、やはりどこか複雑な面持ちの新を安心させるべく、壱哉は「ああ」と断定的に頷きかえした。



「・・・そっか。そうだよなあ・・・俺じゃあ黒崎さんの晩酌に付き合うことだって無理だもんな」



年齢差を意識しているのか、どこか拗ねたような口調で新は言った。



「お前だってあと数年すれば嫌でも飲むことになるさ・・それまでの楽しみにとっておけばいいんじゃないか?」



宥めるように言う壱哉に、新はやっと笑みを浮かべて頷いた。



「そうだなあ。・・・飲んでみたい酒は色々あんだけどさあ・・まずはやっぱり日本酒かな・・熱燗もいいけど・・冷酒とか飲んでみてえんだよなあ・・」



まだ知らない未知の経験に心ときめかす新に苦笑しながら、壱哉はふと思いついたことを尋ねた。



「また随分しぶいな。・・・普通はビールとかなんじゃないのか?」



自分の例には当てはまらなかったが、なんとなくだが漠然と大学生になってからコンパなどで初めて酒に親しむイメージがあったからだが、すると新は切なそうな顔で口を開いた。



「そうかもな。・・・俺もなんとなくそうだろうなあとは思うんだけどさあ・・俺ん親父がさ、好きだったんだ。・・手酌で晩酌してんの横で見てたからかなあ・・酒飲める年んなったらまず攻略してやんだって・・子供心に思ってたんだよなあ・・」






まさかここで新の父親の話に繋がるとは思っていなかったが、それとなく両親のことを尋ねる絶好の機会だと壱哉は思った。



「・・・前から気になってたんだが・・・その、ご両親は?」



この場に漂う雰囲気を壊したくなかったし、新の気分を害したくもなかったがそれでも一度は聞いておかなければならないことだった。






「・・・・・いないよ」(-1,000,000)



できることなら生死だけでも確かめたかったが、そう寂しそうに呟いた新の顔を見たら、それ以上はとても追求することはできそうになかった。だから慰める代わりに、壱哉は新の皿に自分の皿から取ったジャガイモを二つ三つ放り込んでやった。



「ほら、これも食べていいぞ」



すると新はひどく嬉しそうな顔で裏腹なことを言った。



「黒崎さんっ・・も、こんな食えないってっ」



構われて余程嬉しかったのか、結局新は持ち前の食欲ともったいない精神を発揮して見事完食したのだった。



「新・・冷やし甘酒を飲まないか?・・デザートだ」



食後、片付けを終えテーブルをしまおうとする新を壱哉は止めると、冷蔵庫から取り出した甘酒を渡しながら提案した。



「へえ・・冷やして飲むんだ?・・・美味そうだなあ・・わかった、すぐ用意するからさ」



言うなり新は甘酒を手に、再びキッチンへと立った。やがて、壱哉がプレゼントした揃いの湯呑に注がれた甘酒が饗された。実を言うと、壱哉自身冷やし甘酒は初めてだったので、興味津々な様子で手にした湯呑を覗き込んだ。



「・・ほう」



よく冷えた甘酒を口に含むと、喉越しはサラッとしていて上品な甘みと香しい麹と、ほのかな生姜の風味が口いっぱいに広がった。



「・・・俺、こういう風にして飲むのって初めてだけどさあ・・なんかクセになりそうだな?」



「ああ・・こういう酒もなかなかおつなものだな」



相変わらず降りしきる涼を運ぶ雨音を肴に、並んで寛ぎながら甘酒を楽しむひと時を過ごした後、やがて就寝時間を迎えた。





お酒