「ははっ・・こちらさん初顔だね?・・お兄さん、食が細そうだねえ・・・ああ無理しなくていいよ。だってさ食っても食わなくっても御代はいただくもの」



食べ残しを責めるでもなく人懐っこい笑みを浮かべた大将に樋口は壱哉を紹介した。



「大将、彼は俺の中学時代のクラスメイトなんだ。久しぶりに帰省したからさ、まずはこの店紹介しないとね」



すると一気に上機嫌になった大将はさらに愛想よく言った。



「そいつはありがとさん、さすが常連さんだあ。にしても樋口さんは相変わらずいい食いっぷりだねえ。あ、それじゃあごゆっくり」



客あしらいに慣れた様子でふらりときてふらりと戻っていく大将の背を見送った壱哉は、美味そうに茶を啜る樋口に視線を戻した。



「お前・・そんなに来てるのか?・・太るぞ」



ぼそりと呟いた壱哉の言葉を黙殺すると樋口はからかうように軽口をたたいた。



「そういう黒崎は好き嫌いしないでちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」



「これ以上デカくなってどうする。・・俺としては()くらい(・・・)()身長差(・・・)ちょうど(・・・・)いい(・・)んだ」

(+300,000)




ああ言えばこういう樋口に呆れながら壱哉はムッとした面持ちで返した。



――――えっ?



「・・・・誰と?」



何気なく言った壱哉の言葉が妙にひっかかり思わず樋口は身を乗り出した。

すると壱哉は失敗したとでも言うように僅かに顔をしかめたが、すぐに気を取り直すとすかさず言った。



「・・・お前に決まっているだろう。俺の方が7センチも高い」



「なんだよ、それ~」



小学生の時の身体測定のような幼稚なやりとりに脱力しながら、樋口は壱哉がはぐらかしたのではと直感していた。



茶を飲みながらゆったりと過ごし腹もこなれそろそろ店を出ようとした時のことだった。

大将とカウンター席に座った常連客との会話がそれとなく聞こえてきた。



「ホントさあ・・・近くにあんなでっかいモールできちゃったらうちなんか煽り食っちゃって商売あがったりだよお。お客さんぜ~~んぶ取られちゃう」






大将の言うモールとは黒崎グループが手掛ける例の開発中の物件のことだろうと、内心ヒヤッとしながら壱哉がさりげなく樋口の様子を伺うと、思った通り樋口は俯いたままピタリと動きを止めたが、前髪で表情は隠れ辛うじて引き結ばれた口元が見えただけだった。



(・・・・樋口?お前やっぱり・・)



しかし樋口はすぐに気を取り直したようにどこか無理をしているような柔らかな笑みを浮かべながら壱哉を促した。



「・・・そろそろ出ないか?」



なんとなく煮え切らぬものを感じながらも、これ以上敵陣に留まるのは些か居心地の悪さを感じたので、壱哉は頷きかえした。



店をこよなく愛する常連客に励まされ大将も機嫌を直したのか次の話題に移ったようだった。



「たぬきってあのたぬきかい?大将」



不思議そうに首を傾げる客の関心を掴めた手ごたえに満足しながら、大将は大仰な身振り手振りを加えながら言った。



「そうだよお・・最近この辺でよく出るらしいんだなあ。ほら、たぬきってどっか愛嬌あって憎めないじゃない。うちは客商売だから店には招き猫飾ってるけどさ。てめえの自宅にはお客さんから土産にもらった大っきな焼きもんのたぬきを飾ったりしてるわけよ。けどさ、いっくら可愛くたって野生動物だからねえ?餌付けする人がいるからほんと困るよねえ。奴らも味しめて人間様のエサを漁る一方でさあ・・」



「毎度ありがとうございましたっ」



約束通り樋口に奢ってもらい、支払いを済ませ威勢の良い店員に見送られ店を出る頃合いになっても大将のたぬき小話は続いていた。



「ついこの間もね?斜向かいの和菓子屋さんとこの横っちょの路地に出たってねえ・・だからさ、お客さんも化かされないように気をつけなよ?」



(・・・・たぬきか・・なんだか懐かしいな)



壱哉の脳裏にたぬきに弁当を奪われ、慌てる新の顔が自然と浮かんだ。

(+300,000)



(今思えばたぬきに新の弁当をくれてやるなど惜しいことをしたかもしれないが、まさかあの時の奴らじゃないだろうな?)



路地裏で先ほど感じた視線を思い出しながら苦笑していると、連れだって店を出た樋口が振り向いた。



「黒崎、まだ時間あるんだろ?・・これから俺ん家で二次会しないか?・・すぐそこのマンションだし・・いいだろ?」






まさかの樋口からの家飲みの誘いに手間が省けた壱哉は一も二も無く頷いたのだった。



!行先に【樋口のマンション】が追加された








※作中に出てくる団体名は架空のものです!