五日目/朝





『黒崎さん・・起きろってば!』(+200,000)



そう言いながら肩を優しく揺する()とのやりとりは、朝が苦手な壱哉にとってかけがえのない大切なひと時だった。


壱哉は夢の中でいつものようにぐずりながら、困り顔で寝起きの悪い自分を起こすために奮闘する()の姿を愛でていたのだ。



・・しかし



朝だぜ!起きろ~~!!



!!



突然、耳元で叫ばれた壱哉はパチッと目を覚ますと、寝ぼけ眼でノロノロと顔をあげた。すると、やはり夢の中同様、もはやトレードマークとなったカーキ色の作業着を着た新が、ムッとしたまま腰に手をあてたポーズでこちらを覗き込んでいたのだった。



――新?



怒っている時でさえ愛嬌のある顔だと愛しく思いながら、毎朝の習慣どおり新の方へと不埒な手を伸ばした。



むぎゅっ



有無を言わさぬ調子で腕を引っ張ると、枕元に膝をついていた新は、バランスを崩しよろけた。



「ひゃっ!!」



自分の方に倒れてきた華奢な体をすかさず抱き留めると、壱哉は新を腕の中に閉じ込めながら囁いた。



「・・・新、チュウ・・・ラブラブ



!!!!!!



「・・・うむっ・・・」(+1、000、000)



顔が近づいてきたと思った瞬間、新は壱哉に唇を奪われていた。



(なんだよっ・・これ?・・・俺、なんでこの人にキスされてんだ!?)



羞恥でカッと火照る新の頬を壱哉の悪戯な指先が、その柔らかな感触を確かめるかのようにそろっと撫で下ろした。いきなり男に唇を吸われ、人生初めての生温かな感触に混乱をきたしながらも咄嗟に押しのけようとする新の抵抗をやすやすと押さえ込むと、唇を離した壱哉が甘えた調子で言った。



「・・起きるから、チュウしてラブラブ



!!!!



プチッと新は何かが切れる音を聞いた気がした。



むかっいいかげんにしろ~~!!このぽんぽこぴ~~!!一生寝てろっ!!!



パンチ!ぽかりっ



絶叫とともに、寝ぼけた壱哉の頭に鉄槌というには柔らかな反撃をした新は、すっかり腰が抜けてしまいふらつく足取りのまま壱哉の手の届かない安全圏までなんとか辿りつくと、精一杯の非難を込めた眼差しでキッと見境のない好色男を睨みつけた。



「ん・・・なんだ?朝っぱらからどうしたんだ?」



驚いたことに当の壱哉はまったく悪びれた様子もなく、億劫そうに身を起こしたまま不思議そうな面持ちでこちらを見ていたのだ。



ビックリマーク



むかっどうした?じゃねぇっ・・・朝っぱらからなにすんだよっ!!



「?はあ?」



新の興奮などおかまいなしで腹の立つほど動じた様子のない壱哉の態度に我慢の限界がきた新は、踵を返すとバックパックを引っ掴み無言のまま家を飛び出した。あまりの動揺で、気づいた時にはバイク置き場も通り過ぎ、駅へと向かう道をひた走っていた。



なによりもあんな非常識なことをする大人にいつのまにか気を許しかけていた自分に腹が立った。



(なんだよっ・・あいつっ・・信じらんねぇ・・・俺、初めてだったのにっ・・・!)



!!



そう思った瞬間、新はまるで雷に打たれたような衝撃が体を突き抜ける感覚に襲われ、全力疾走していた体はあっさりとバランスを崩し、気づいたら早朝というのに、すでに熱を発散するアスファルトの上にへたり込んでいた。



息が切れ、激しく打つ胸の鼓動を必死に整えながら、新は呆然とした面持ちで呟いた。



「・・・ほんとに・・初めてか?」



ぽたっ



うつむいた途端、緩んだ涙腺から溢れ出た涙がアスファルトの上に落ち、蒸発した。

拳で無造作に涙を拭い歯を食いしばる新の心を苛むのはなんだか大切なものを急に見失ってしまったような喪失感と焦燥感だったのである。



(なんでっ!?・・・なんで、俺こんなに不安なんだろう・・・?)



壱哉の戯れの触れ合いは新の良識をあっさりと打ちこわし、無防備な剥き出しの感情が溢れ出しそうになる予感に戦かせたのだった。





一方、新が出て行ったあと、その背を見送った壱哉は、布団の上に胡坐をかいたまま艶然とした不敵な笑みを浮かべたままひとりごちた。



「なんだ・・新のやつ。キスくらいで動揺して可愛いやつだ」



つれない新の態度に苦笑をもらしながら久しぶりに触れた柔らかな唇の感触を思い返し、切ない吐息をもらした。前は当たり前のように、抱擁を交わすことができた。しかしそれは新が恥ずかしながらも、受け入れてくれたからだった。



「・・・はあ、前途多難だな・・・こんな時は寝るにかぎる」



ボフッ



石鹸の香る新の髪の匂いのする枕に顔を寄せたまま、壱哉はぼんやりとする寝不足の頭で思った。



(・・新・・・朝飯も食べないでバイトに行ったのか・・?・・・体が資本なのに・・・なに・・・やって・・・)



ぐぅぐぅすうすうっ



真面目なことを考えるには、脳が疲弊しすぎていた。昨夜は煩悶としてしまい一睡もできなかったせいだ。


やがて壱哉の意識は深い眠りの中へと引きこまれていった。