朝食を食べ損ね、昼食も摂らずじまいで騒ぎが落ち着くころにはすっかり夕方になっていた。





「新、腹が減っただろう?・・・よかったら河原の屋台でも行かないか?・・・俺の奢りだ」



壱哉の口から『河原の屋台』という言葉がでたことに内心驚きながら、新は改めて空腹感を訴える腹をさすった。


ラーメン


「あ、黒崎さんもあそこ好きなんだ?・・・そういやあバタバタしてて結局朝からなにも食べてなかったもんな・・行こ行こっ!!」(+500,000)



誘ったのは壱哉だったが、途中からは新に引っ張られるような勢いで一緒に(【河原】へと向かった。



!行先に【河原】が追加された



すでに【商店街】に行けた時点で確証はあったが、今回もやはりなんの妨害もなく気づいたら壱哉は夕暮れ時の【河原】の土手に佇んでいた。しかし靄で霞む周囲に新の姿がなく、壱哉の焦燥を煽った。



(新はどこだ!?・・・くそっ・・・手を繋いでこれば良かったか?)(-300,000)



恋人になった今でも人前で手を繋いだりすることを新は恥ずかしがったが、今はそんな呑気なことを考えている場合ではなかった。



俺にしか見えない霧の中で・・もし新の姿を見失ってしまったら・・・・)



やはり外出は避けた方が良かったのだろうか・・?と後悔する壱哉をその時誰かが呼びとめた。



外国人観光客

HALLO(こんにちは~)! GUT(そこの) AUSSEHENT(カッコイイ) JUNGER(お兄) MANN(さん). ICH() MOECHTE() NACH(教えて) DEM(もらえ) WEG(ませ) FRAGEN(んか~?).』



――ドイツ語か?



今はそれどころではなかったがよく見るとなかなか美形の男だったため、致し方なく壱哉は男へと向き直った。


簡潔に駅への道順を一通り説明する間も、彼はどこか意味深な思わせぶりな眼差しでこちらを品定めしている様子だったが、そっけない壱哉の態度に諦めたのか礼を述べると去って行った。



(・・・まったく余計な時間をとられたな・・・新を探さないとならないのにっ)



しかし結局壱哉の心配は杞憂に終わった。


いつのまにか周囲を覆っていた霧が完全に晴れ、何事もなかったかのようにすぐ近くに新が佇んでいたからだ。



「新!?・・・どこ行ってたんだ?・・・探したぞ?」(+300,000)



心配する壱哉を不思議そうに小首を傾げながら見やった新は、困惑した面持ちで言った。



「えっと・・さっきからずっと黒崎さんのすぐ横にいたんだけど・・大丈夫か?」






新の言葉に動揺しながら、なんとか心を落ちつけた壱哉は気まずげに頷きかえした。



「ああ・・・すまない大丈夫だ」



壱哉が気を取り直したのを悟ったのか新がどこか感心した口調で言った。



「それにしてもさあ・・さっきの外国人・・・いきなり話しかけてくるからびっくりして俺なんか固まってたのにさ。黒崎さんフツーに相手してたよなあ?・・あれ、何語だったんだ?」



新の尊敬の眼差しを受け止めながら、なんでもないことのように肩を竦めた壱哉は返した。



「ああ・・ドイツ語だったな。・・・駅までの道を聞かれただけだ」



壱哉にとっては煩わしい時間でしかなかったが、結果的に新の関心をひくことができたのであればよかったのだろう。もちろん、さりげなく誘惑されたことは内緒だった。



「へえ・・そういうことサラッと言えるなんてさあ・・かっこいいぜ。・・・ちょっと見直した」

(+300,000)



新の言葉に壱哉は複雑な心地だった。新の前で失態の連続だったから致し方ないのかもしれないが・・・



「・・そ、そうか?」



若干落ち込みながら問うと、新は面白がるような笑みを浮かべたまま「うん!」と頷いたのだった。



そうこうしているうちに辺りは夕闇に包まれ、河原の屋台の周辺には夕涼みにきたのか家族連れと思しき人々の影が集い楽しそうな笑い声やさざめきが聞こえてきた。



「黒崎さん!早く行こっ!あ~~腹減った・・・も、待ちきれねぇよっ」






その瞬間、促すように温かな新の手がしっかりと壱哉の手を握りしめた。(+200,000)



「新?」



周囲はすでに一部夕闇に溶けたとえ二人が手を繋いでいても見とがめる者はいなかったが、待ち望んでいた温もりに包まれた壱哉は感無量だった。



―――新!



これまでの壱哉にとっては肉体的な愉悦だけで終わる関係が全てだったが、こうしてささやかな触れ合いをこれほどまでに愛おしく思えるようになったのだと思えば、改めて自身の変化を実感した。



(俺は・・いつまでもこうして・・お前と繋がっていたい・・。だから俺のこの手を離さないでくれ・・)



触れあえた瞬間の安らぎと喜びを噛みしめながら、壱哉はそう願わずにはいられなかった。



『・・・大丈夫、迷子になったりしねえからさ・・・』



まるでそう言うかのように、いささか汗ばんだ手でぎゅうっと握り返す新に、壱哉は例えようもないほどの愛おしさを感じた。