「あ、男の人なんだ・・吉岡さんって?・・きっとすげぇ優秀な人なんだろうなあ」



壱哉の気も知らず無意識のままホッとしたように笑みを漏らした新は、半熟のトロリとした黄身の仕上がり具合に満足すると、コンロから下したフライパンから取り分けた目玉焼きの載った皿を壱哉の前に押しやった。



「・・・ほい、熱いから気ぃつけろよ」



温かな湯気をたて皿の上で絶妙な焼き加減でふるふると柔らかく艶やかに輝く黄身に魅入られながら、壱哉は満足そうに呟いた。



「目玉焼きか・・美味そうだ。・・卵料理は好物なんだ」



タイミングよく鳴ったトースターからおっかなびっくり取り出したアツアツのトーストを皿に載せ、忙しない動作で冷蔵庫から取り出したマーガリンと共に食卓に運んだ新は、続いて無駄のない動きでレタスを千切りサラダを用意しながら嬉しそうに相槌をうった。



「へえ、けっこう庶民派なんだな、黒崎さんって・・意外だぜ」



昨夜も壱哉と接する過程で感じたことだが、その暮らしぶりは恐らく新とは雲泥の差の高級志向の上に成り立っているのは最早間違いなかった。着ているもの、身に着けているもの、そして極め付きがあの車・・・全てがそれを指示していたからだ。それなのに食だけが普通ということはやはり考えにくかった。



(きっと俺とは住む世界の違う人・・だよな)



こまめに掃除しても取れない長年蓄積された汚れでくすむ部屋にいて尚、異彩を放つ物腰の人物だった。本来なら新が苦手な人種、『金持ち』なのだと思えばより壱哉が当然のようにその場にいることが不思議でならなかった。



(そのクセして俺ん部屋にいても違和感あんまねぇよなあ・・・黒崎さんって。・・なんか馴染んでるって~かさ)



「・・・そうか?」



どこか釈然としない面持ちで首を傾げる壱哉を振り向いた新は苦笑しながら言った。



「でもまあ・・俺としてはその方が助かるけどさ?俺の経済力じゃ黒崎さんが気に入りそうな高級品なんて用意できねぇもん」



いわゆる高級食材も、食べなければ食べないで特に支障をきたすものではないと考える新にとって、そこに自虐は含まれておらずただ事実を述べたまでにすぎなかったが、壱哉はどこか憤慨したように言った。



「なにを言う、お前の作る料理は俺にとって一流シェフが作る料理と比べても引けを取らんぞ?」(+100,000)







そんな人達と比べるのもどうかと思いながらも、やはり褒められたことは嬉しくて頬が火照るのを自覚した新は、ぶっきらぼうに言った。



「ったく・・大げさなんだからな黒崎さん。・・冷めないうちに食べなよ・・・あ、沸いたみたいだな」



一度は席についた新だったが、後半は照れ隠しなのかひとりごちたままサッと立ち上がると、コンロの上でシュンシュンと沸騰した音を立てる真鍮のやかんを手に取ると、気づいたように壱哉に尋ねた。



「俺、朝はコーヒーなんだ。・・黒崎さんもそれでいい?」



いつになくむきになってしまったなと気まずく思いながら深く考えずに頷きかえした壱哉の前に、新が置いたマグカップの中身を何気なく一口飲んだ壱哉はギョッとすることになった。



それは確かにコーヒーには違いなかったが、生まれてこの方とんと壱哉に縁のなかったインスタントコーヒーだったのである。内心動揺しながらさり気なく新を伺い見ると、寝不足が食欲に多少影響しているのかいつもより勢いこそなかったが、それでも黙々と自分の分を平らげているようだった。すると壱哉の視線を感じたのか、新が訝しげな面持ちで顔を上げた。



「な、なんだよ・・あんま見んなって・・・」



どうやら不快なのではなく単に恥ずかしがっているだけの様子であることに安堵しながら、壱哉は改めてカルチャーショックを感じずにはいられなかった。



以前は公私ともに当然のように吉岡にひきたてのコーヒーを入れてもらっていた壱哉だったが、新と共に暮らすようになって多少の変化が生じていた。新が焙じ茶を好むこともあり、口づけの余韻も鑑みて自宅では彼に淹れてもらった焙じ茶を飲むことの方が多く、その代り職場ではこれまでどおりコーヒーを愛飲するように心がけていたのだ。それは壱哉にとって大切な二人の好意を無にしたくないと考えた末の策だった。



「・・あちっ・・」



猫舌ゆえかコーヒーを冷ましながら飲む新を伺い見た壱哉は、一つため息をつくと何事もなかったかのようにコーヒーに口につけた。やはりお世辞にも美味いとは言い難かったが、それでも新の好みや生活を理解して尊重したいと思う気持ちもあって、そう思えるようになったことに幸せを感じた。まだたった一日とはいえ恐らく一人だったら、この貧しい暮らしぶりに我慢はきかなかったのだという自覚はあった。それでも同じ空間に新がいて、同じものを飲んでいるのだと思うと不満を感じたことが恥ずかしく、それどころか得難い体験をしているのだと思えるから不思議だった。









※作品上の解釈ですのでご理解ください・・因みに私は両方好きですコーヒー