「そうと決まったら・・大家さんには話通さないとダメだよなあ・・・あ、それは俺の方から折を見て話してみるからさ。・・・それでいい?」



懇意にしているとはいえ、どこまで許容してもらえるかは新にも見当がつかなかった。わからないことをくよくよ悩むのは性分でなかったので、新は当面の問題の方を片づけることにした。



壱哉の登場ですっかり忘れていたが、実は夕飯がまだだったのだ。

諸経費を少しでも浮かせたかったので新はほぼ毎日自炊していた。朝はパンで簡単に済ませてしまうが、昼は昨夜の残りもののおかずを詰めた弁当を持っていき、夜帰宅してから料理するのが日課だった。



(みそ汁とポテトサラダはもう作ったし、あとは玉ねぎと一緒に肉焼くだけだな)



台所に立とうとした新は気づいたように壱哉を伺うと遠慮がちに尋ねた。



「あのさ・・・俺、これから夕飯なんだけど。・・・黒崎さんはもう済ませた?・・・俺の作ったので良かったらあるけど・・どうする?」



母譲りで料理は得意だったが、所詮家庭料理の範疇だった。高級スーツに身を包み、高級車を好む住む世界がまるで違う壱哉の口にあうか自信がなかったのだ。しかし新の杞憂はすぐに払拭されることとなった。食事を勧めた途端、見違えるように壱哉の顔に喜色が浮かんだからだ。



「ぜひ、ご馳走になろう。メニューはなんだ?」



随分年上の人なのに無邪気な反応が意外で、なんだか子供みたいだと面喰いながら、新も満更でもない様子で答えてやった。



「今夜のメニューは油揚げとネギの味噌汁と豚の生姜焼き。・・・ポテトサラダもついてるんだぜ?はあ~お腹すいた・・・じゃ後ちょっと待っててくれよ、今肉焼くからさ」



自宅に招ねかれたり一定の交流のある知人はいたとしても、こんな風になんだか家族みたいな気の抜けた会話は久しぶりで新は内心戸惑いと切なさを噛みしめながら、押しかけ居候の壱哉の存在を受け入れかけている自分に気づき困惑していたのだった。



一人暮らしの侘しさか、急な来客に対応できるだけの食器が充分ではなかったが、取り置いてあった割り箸やらをかき集め無事夕食の時間となった。



「ほらっ・・・食べな、あんたの口に合うかどうかわかんねぇけど」



待ちに待ったみそ汁を眼前に置かれ、壱哉の暗い瞳に生気が宿った。



「いただきます」



揃って挨拶を交わし先ほど同様、ローテーブルを挟み向かい合って夕飯を摂りながら、新はこっそりと壱哉の反応を伺い見た。



「美味い!このみそ汁は絶品だ。やはり(・・・)新は本当に料理上手だな」

(+100,000)



感心顔で『美味い』と連発され、新は頬を火照らせながらも、奇妙な違和感を覚えていた。



「変なの・・なんかオレの作ったみそ汁食べるの初めてじゃないみたいだ

・・でも、そっか・・・ありがと」






それは何気ない言葉だったが、口にした新はもちろん壱哉をも沈黙させるものだった。一瞬場に訪れた居心地の悪い間を打ち消したのは、壱哉だった。



「俺は家庭料理とか無縁の家で育ったんでな・・・なんか嬉しかったんだ」



経済的理由で外食はたまにしかしない新からすれば贅沢な話にも思えたが、母の見よう見まねのうろ覚えの知識を頼りになんとかあの記憶の味を再現しようと奮起した自身を顧みれば少しだけ壱哉の感じる寂しさがわかった気がした。



「そっか・・・俺んで良かったら食べてよ。まだ、おかわりあるからさ。・・今日だけ特別だけどな?」



なにせきっかけが自分の過失である以上、壱哉から食費までとるつもりはなかったが、育ち盛りに加え二人分の食費の捻出は今後の課題であり四苦八苦することになるのは目に見えており頭を悩ませる新に壱哉が遠慮がちに申し出た。



「・・・家賃はもちろんだが生活費や食費も負担してもかまわないが」



そもそも壱哉としては、他に行く当てがなかったわけではなく――もちろんネピリムの作りだした世界においてどこまで現実の権力が通用するかは定かではなかったものの、あえて新との生活を選んだのはただ単に壱哉がそうしたかったからだ。



とはいえ現実同様勤労少年の新の生活が困窮しているのは事実であり、無理を承知で転がり込んだ手前負担をかけるのは壱哉の本位ではなかったのでそう申し出たのであるが、新はムッとしたように不機嫌な面持ちになった。



「いいって・・・それじゃ意味ないし。まあ・・家賃は大家さん次第だと思うけどさ。食費くらい俺に面倒みさせてよ。俺が安くてボリュームのあるメニュー工夫すればいいんだし」



俄然やる気になった新に苦笑しながらも、けして追い出そうとしない新の決意に壱哉は妙に感動を覚えたのだった。