「・・・ありがとうございます!・・俺、黒崎さんに迷惑かけたのにっ・・。あの、あのさ・・・もし俺にできることがあったら言ってくれよ。俺でできることならなんでもするからさ」
!!
この時の壱哉にとって新の一言はまさに天からの贈り物に思えてならなかった。
「・・・本当にいいのか?」
言質を取ったと思われるのは心苦しかったが、この時の壱哉の心境はまさになりふり構わず蜘蛛の糸にしがみ付く亡者さながらだったのだ。
「えっと・・・うん」
すると壱哉の微妙な変化を察したのか、どこか臆したように新は躊躇いがちに頷いた。今になって『只より高い物はない』というありがたい親の教えを思い出したからだった。
そんなことはつゆ知らず壱哉は新の様子を伺いながら慎重に切り出した。
「その、車の件は気にしなくていいんだ。その代わりと言ってはなんだが・・」
ごくりっと緊張した面持ちで新が喉を鳴らすのを聞きながら壱哉は唐突に言った。
「しばらくここに置いてもらえないか?」
「・・・・えっ?・・・・え~~~~!?」
予想通りの新の反応に苦笑しながら返答を待つ壱哉を、ちらりと横目で伺った新は予想外の壱哉の言葉に狼狽えていた。
(なに言ってんだよいきなり!!・・男と同居とかありえねぇだろ!?・・ただでさえ狭いのに暑苦しいわ・・ムサイわ・・ってムサくはないか・・この人の場合。なんか男のくせに迫力あるって~か妙に色気でてんもんなってそういう問題じゃないから、俺っ。・・・だいたい俺の一存で『いいよ』なんて言えねぇし。大家さんにバレたら・・追い出されるよなあ・・やっぱ。でも車壊した俺んこと無事でよかった・・なんて優しいとこあんだよなあ・・しかもバイト復帰までさせてくれてさ・・ここまで世話になってて『ダメ』なんて今更言えねぇよなあ・・・『俺にできることならなんでもする』って言ったの俺だし・・しゃ~ないか)
「・・・・・いいよ」
男子に二言はない、とばかりに覚悟を決めた新は、それでも躊躇いがちに頷きかえした。
「ありがとう、あ・・・新って呼んでもいいか?」
もとよりそのつもりだったが、確認を取る壱哉に新の方も了承を取るべく尋ねた。
「いいよ、それで。それじゃ、俺は黒崎さんって呼ばせてもらっていい?」
親密だった関係を思えば、互いに馴染んだ呼称を決めることなど例えて言うならゴール直前でスタート地点に逆戻りさせられたボードゲームさながらだったが、それでも一歩前進した関係修復に壱哉は満足していた。先行きは不透明だったが、これから始まる新との生活に対する期待感があったからだ。
「ああ、構わない。ふつつかものだがよろしく頼む」(+300,000)
真顔で挨拶をする壱哉を前に、突然成り行きから初めての同居に踏み切った新は緊張と興奮そして奇妙な安堵を覚えていた。