吉岡

「樋口さんはお酒を召しあがっていらっしゃいますので、ワゴンの鍵はこちらでお預かりして後ほど部下に届けさせますので・・」



樋口

「すみません、吉岡さん・・・そうしていただけると助かります」



挨拶を済ませどこか清々しい顔をした樋口と入れ替わるよう今度は山口が握手を求めてきた。



山口

「・・・新くん、本当(・・)()ありがとう(・・・・・)」(交流があったとはいえ知り合ったばかりの僕らに黒崎君が救いの手を差し伸べてくれたのはやっぱり君のおかげなんだと僕は思うから。だから・・本当にありがとう。君は僕ら親子の恩人だよ)



最初は困惑の方が大きかった。愛する息子のためならばどんな犠牲でも払う覚悟でいた。だから吉岡秘書から連絡が入り、驚くほどトントン拍子に手術の段取りが決まった時も半信半疑だった。恩にどう報いれば良いのか見当もつかず途方にくれる山口にさらなる慶事が訪れた。そして突然の昇進に困惑する山口に壱哉は言ったのだ。



壱哉

『有能な人材は我が社の財産だ。ご子息と多くの時間を過ごしたいという貴方の気持ちはわかるが・・俺に恩義を感じるならばぜひ引き受けてくれないか?』



それで返せるとは思わなかったが、山口は壱哉の申し出を受け入れた。企業戦士の端くれとして目をかけてもらえた期待に応えたいと覚悟を決めた。しかしそれでもまだ、壱哉の突然の援助は山口の理解を大きく超えていたのだ。



そんな折り山口の元に新から誕生日会への招待状が届いた。いつも遊んでくれた新との再会を待ちわびる一也を連れ、誕生日会に参加した山口はそこである光景を目にすることとなった。



一也の快気を我が事のように喜ぶ新とはしゃぐ息子の一也を眺めて和んでいた山口の視界に気付いたら壱哉がいた。壱哉はとても穏やかな慈愛に満ちた眼差しを二人に・・・とりわけ新少年に注いでいた。



山口

(あ・・・そうか。そうなんだね、黒崎君)



その姿を見た瞬間、山口は全てに腑に落ちた心地がしたのだった。



やけに情感のこもった感謝の言葉を面映く感じながら、山口に握手を求められた新が不思議にそうな面持ちで差し出された手を握り返すと、力こそ込められてはいなかったがやはり思いの丈を込めたようにしっかりと山口は握り返してくれた。




(・・・山口さん?)



その手の温もりに安堵を感じながら、新は山口共々その背に背負われた寝ぼけ眼の一也に慈愛に満ちた視線をやった。




(・・一也・・元気になってホント良かったな)



一也

『お兄ちゃん、僕ねもういっぱい走れるんだよ?それでねお父さんとふっけといっしょに河原で遊ぶの!』



そう言って嬉しそうにはしゃいでいた一也の笑顔が新にはなによりも嬉しかった。



山口

「・・・・・・・。一也も寝ちゃったし・・僕等もそろそろ帰るよ。今日は楽しかったよ、清水くん・・・お土産までもらっちゃって・・ごちそうさま。・・大丈夫、黒崎君とならきっと幸せになれるから。・・・お誕生日おめでとう、清水君」



一也

「お兄ちゃん・・・黒崎くんと・・お幸せに・・・ぐぅぐぅ



山口は眠ってしまった一也を背負い直すと、食べきれなかったケーキの残りが綺麗に詰められた箱を手に吉岡の手配した車で樋口と連れだって帰っていった。




「一也・・それ誕生日にかける言葉じゃねぇ・・って山口さんもスルー!?」(・・マイペースだけど・・ほんと良い人達だよな)



吉岡

「・・清水さん、後片付けはあらかた済ませましたので・・・私もそろそろ自室に戻りますね」(壱哉様をよろしくお願いします)




「・・・はい、今日はありがとうございました、吉岡さん。・・おやすみなさい」(・・みんないなくなったらなんかちょっと寂しいな)



玄関にぽつんと取り残されてしまい、不意に生じた寂しさを抱えたまま人いきれの消え静けさに満ちた居間に一人とぼとぼと戻った新の視線の先には、ソファに腰掛けうたた寝をする壱哉の姿があった。