壱哉の発案で以前仮住まいにしていたマンションに樋口と山口親子を招き、新のために催された誕生日会がお開きになったのはつい先ほどのことである。
久し振りの帰郷が余程嬉しかったのか自分の誕生日だというのに張りきった新が、吉岡と一緒に作ったフライドチキンやサラダなどの和洋折衷の豪華な手料理と、壱哉が特別に用意したやたらゴージャスなケーキが宴に集まった者達の腹を暖かく満たし、盛況のまま夜更け過ぎに解散となったのだった。
「本当はレストランでも貸し切りにして二人きりで祝おうとでも思ったんだが・・・。この方がお前は喜ぶんじゃないかと考え直してな」
壱哉自身楽しみだったのだが、なによりも新を喜ばせたくて数ヶ月前から考えた末のことだった。そんな壱哉の脳裏にふと、あの街で出会った新とは妙な縁で結ばれた彼らの姿が浮かんだのは当然の成り行きだったかもしれない。
あれからすぐに土地を取り戻した樋口は、無事宿願だった新種の薔薇の開発を成功に漕ぎ着けることができた。実は樋口と新は公園で知り合った仲だったらしく、樋口から朗報を貰った壱哉が真っ先にしたことは、詫びも兼ね旧友の誼で新に贈る特大の花束を用意させることだった。
一方の山口は昇進したことで職場環境に変化が生じたが、期待に違わず実力を発揮して周囲の評判も上々のようだった。懸念だった愛息子の一也の手術も無事成功してすっかり健康を取り戻すことができたと、先日山口本人から丁寧な直筆の礼状をもらったのも記憶に新しかった。一也の子守をして、気に掛けていた新にその話しをしたらとびきりの笑顔を浮かべ喜んでくれたことが壱哉にとっての喜びとなった。
結果的に樋口の新種開発祝いと山口の昇進祝い、それから一也の快気祝いも兼ね互いに祝福しあうことになったのだが、壱哉なりの気遣いに感じ入ったのか、新が感極まった様子で瞳を潤ませた。
「黒崎さん・・うん、俺・・すっげー嬉しかった。樋口さんや山口さん・・それに元気になった一也に祝ってもらえるなんてさ。・・黒崎さんが俺にくれた薔薇ってあれ、樋口さんが作った新種の薔薇なんだろ?・・すげーよなあ。俺が怪我しないようにってちゃんとトゲとってくれたんだってさ。それから切花もたせる方法もこっそり教えてもらった。山口さんはエリート街道まっしぐらって感じだったよな。昇進したぶん仕事は大変みたいだけどさ、たま~の休日に一也と一緒にキャッチボールすんのが楽しみなんだ・・って教えてくれた。皆と会うのはホント久し振りだったけど・・なんか世間は狭いなあって不思議だったぜ」
楽しかった出来事を思い出し、口元を綻ばせる新の火照った頬を冷すように一瞬柔らかな羽が触れてすっと融けた。
「?・・・あ、・・・黒崎さん!・・ほらっ・・雪だ」
ベランダの手摺から身を乗り出し、大きな瞳をキラキラと輝かせて興奮覚めやらぬ様子の新の吐息が白く凍るのを眺めていた壱哉は釣られたように夜空を見上げた。
「・・・・雪か。寒いだろう?新、もう少しこっちに来い。・・風邪を引いたら大変だ」
そっと肩を抱き寄せられた新は、照れた様子ではあったが素直に身を寄せると、かじかんだ指で温かくて大きな壱哉の掌をきゅっと握り締めた。
「こうしてると温かいな・・あのさ、黒崎さん」
どこか夢見心地の新の様子を伺いながら、壱哉は相槌を打った。
「・・なんだ?」
「今日はありがとな?・・・俺さ・・・・親父とお袋がいなくなってから・・なんかこういうの久々だったからさ・・・楽しかった。・・・去年なんかさ・・俺、バイトだったし。一日終わってから、そういや誕生日だったなあ~って思ってたらさ、職場の仲良かった人が覚えててくれてさ・・・んで、缶コーヒーおごってくれたんだ。けどさあ・・それがにっげーのなんのって・・でも嬉しかったんだよな」
しみじみとした様子の新の言葉に、壱哉は少年が孤独に過ごした日々を思った。
「新、来年も再来年も毎年俺が祝ってやる」
誓うように告げられた言葉に新の頬は自然と朱に染まった。
「・・・・黒崎さん・・・うん」
幸せそうに顔を綻ばせる新に気を良くした壱哉は、上気した耳元に唇を寄せると誘惑するように甘い声で囁いた。
「そうだな・・もう少しお前が大人になったら、今度は二人きりで過ごすのもいいかもしれんな」
熱い吐息が耳たぶを掠める感触に慌てながらも、子供扱いされたことにムッと強気に眉をひそめた新は拗ねた口調で言った。
「なんだよそれっ・・・どーせ俺は子供だよ。・・・でも・・そだな、あんたと二人きりってのも悪くないかもな?・・へへ・・今から楽しみにしててやるよ」
照れを含んだ生意気な口調に苦笑しながらも、出会ってからずっと必死に背伸びする姿ばかり見てきた壱哉は、一時でも甘やかして年相応の時間を過ごさせてやりたいと思ったから後悔はなかった。