「・・・・黒崎さん・・・」


恐れ知らずの壱哉の態度に呆れた新でしたが、二人きりになったことを意識した途端忘れ去っていたさまざまなことが脳裏を駆け巡り、壱哉を直視できず顔をそむけたまま口を開きました。


「・・ありがと・・その、助けてくれて・・一応、礼を言っとく・・」


壱哉が来なければあの男達に酷い事をされていたことは間違いありません。自分を傷付けた壱哉に礼を言うのも気がひけましたが、このまま立ち去ろうにも地に根が生えたかのように足が動かなかったのです。


それはネピリムの魔法でもなんでもなく、未練からでした。


唇を奪われたとはいえ、一緒に夕食を食べ楽しい一時を過ごせたのも事実でした。あれが壱哉にとって戯れだったのだとしてもそれを全てなかったことにすることが新にはできませんでした。


(それに黒崎さんの不機嫌の理由・・俺のせいだよな)


壱哉が母亡き後、父親と確執があったことは新も村の年寄り達の話しを零れ聞いて知っていました。捨てられても両親を慕う新には、死して尚父に憎悪を向ける壱哉の気持ちはわかりませんでした。


(家族だから許せるし・・・許せないこともあるってことだよな)


すれ違ったまま、死に別れてしまった壱哉を思えば、両親と生き別れた自分は恵まれているようにも思え、新は意を決したように顔を上げると、壱哉を見つめました。


「さっきは・・・ごめん。俺、黒崎さんに両親のこと言われて怒ったけど・・図星だったと思う」


「・・・・新?」


勝気そうな新が自ら謝罪したことが意外だったのか、壱哉は驚いたように新を見つめました。


「・・俺、親に置いて行かれた時・・・ショックだった。なんで、俺のこと置いていったんだよっ・・・って。もうあの人達の人生に俺はいらないのかって落ちこんだりもした。そんなはずないって思いたかったけどさ・・でも一人で毎朝目を覚ますたび、もう二度と戻って来ないんだって悲しくなった。俺の親は生きてるけどさ・・あの人達を許すも許さないも、結局俺次第なんだよな。黒崎さんも同じだと思うよ?・・どうして黒崎さんがそこまで親父さんを嫌うのかは部外者の俺にはわからないけどさ・・だけど・・俺、いつか黒崎さんが親父さんを許してもいいって日がくればいいなって思う。それは黒崎さん次第なんじゃないかな?」


予想外の新の言葉に、壱哉はまじまじと目の前の少年を見つめました。心に巣くった怒りを呼び覚ますのも眠らせるのも自分次第だということはわかっていましたが、葛藤を抱えながらも寛容な心を持ちつづけることができる少年の言葉はするりと壱哉の胸に響いたのでした。


(アイツを許すかどうかは・・俺次第・・か)


「俺は・・・お前ほど心が広くない」


そう言うと、新は苦笑しながら頷き言いました。


「俺だって・・・そんなに人間できてねぇよ・・・けどさ、いない人のことでぐだぐだ悩んでるのって・・なんか嫌だからさ。いつか再会できた時にでも考えればいいかなって思うことにしてる」


問題の先送りにも思えましたが、楽観的な新が言うとそういうものかもしれないとも思える壱哉でした。


「・・・そういうものかもな。・・・俺も今は別のことが気になるからな。・・・優先順位は大事だろ?」


言葉通り気持ちを切り替えたのか、口の端に意味深な笑みを浮かべた壱哉の態度に新は忘れていた警戒心を思い出しました。


「・・・な、なんだよっ」


気圧されたように後ずさった新を追いつめるように間合いを詰めた壱哉に、腰を抱き寄せられた新が気づいた時には逞しい壱哉の腕の中にすっっぽりと収まっていたのです。


「なっ・・なに急に抱きしめてんだよっ・・・わっ・・・持ち上げんなって・・・っ」


温もりにほだされまいとするように身を竦ませる新を横抱きに抱え直すと、壱哉は楽しそうに言いました。


「・・・助けたご褒美をくれてもいいだろう?」


――!!


「・・褒美ってなんだっ・・・!!!」


チュッ


動揺する新の唇をかすめた温もりの正体に気づいた新の頬がカアッと瞬く間に赤く染まりました。


「・・・・ごちそうさま」


未だ動揺が収まらない新は楽しそうに言う壱哉をキッと大きな目で軽く睨んだまま言いました。


「あんたなぁ!!・・なにいきなりキスしてんの!?」


恋人でもない男から気安く唇を奪われてしまう現状を無視することはやはりできませんでした。


「なにって・・ただのキスだろう?・・純情なヤツだな」


――!!


壱哉がそう言った時、何故か新の胸がツキンと痛みました。


(・・・そっか・・黒崎さんにとって、俺とのキスなんてたいした意味なんてないんだもんな)


「・・・なんか納得できねぇんだけど・・・」


無駄に唇を奪われた気がしてもやもやとする気持ちから目を逸らした新は、ふて腐れたようにぼそりと呟くと、気持ちを切り替えて壱哉に言いました。


「あのさ・・そろそろ降ろしてよ」


いくら自分の体重が軽めだからと言って、こんな道の往来で、淑女のようにいつまでも抱き上げられたままというのは落ちつきませんでした。


「遠慮するな、このままお前の家まで抱いていってやろう」


「えええええ!?」


壱哉の仰天発言に驚いた新はジタバタと手足をばたつかせ足掻きましたが、無駄な足掻きという言葉を身をもって知ることになっただけでした。