「・・・・ふん、・・・新、大丈夫か?」


新は差し出された手を取ったものかどうか・・・このまま壱哉を信じても良いものかどうかしばし逡巡した後、結局は躊躇いがちに壱哉の手をしっかりと掴みました。


「・・・うん、黒崎さん」


抱き寄せられながら、見上げた壱哉の顔に浮かぶ表情は真剣そのもので、新は頬が火照るのを感じました。


Mr.バンブー

「・・・えっと、それじゃあ・・・俺達はこれで・・・」


いそいそと立去ろうとする男達に冷めた一瞥を送った壱哉は何故か手をぱんぱんとこきみよく打ち鳴らしたのです


「・・・黒崎さん?」


「ネピリム!・・・すぐに来い!」


壱哉が誰とはなしに呼んだ名前に新は動揺を隠せませんでした。


(ネピリムだって!?・それって・・まさかっ)


新の脳裏に華やかな容貌の麗人の姿が浮かんだ瞬間、何もない空間からまさにたぐわぬ姿の持ち主が壱哉の呼び声に応え姿を現したのです。


Mr.パイン

「ひっ・・・なんだっ・・こいつ!!」


度肝を抜かれたのは男達でした。突如出現したネピリムの姿は伝承にある悪魔そのものだったからです。


月夜に映し出され淡い光りを放つ銀の髪、その頭から生えた巻角と背中を飾るコウモリのごとく禍禍しさを放つ羽・・


「・・・・僕に何の用だ?」


どこかふて腐れた様子でぼやくネピリムの機嫌を気にした様子もなく、壱哉は不遜な態度のまま用件を伝えました。


「・・・こいつらを始末してくれ、・・俺の可愛い子猫に手を出した仕置きだ。なに、命まではとらないでいてやるから安心するがいい」


不穏な壱哉の言葉にも動じず、ネピリムは面倒くさそうにぱちりと指を鳴らしました。



次の瞬間、三人の男達の姿は服だけを残して消え、盛り上がった服の間から三匹のタヌキが姿を現しました。


「たぬ~~!!!たぬったぬっ!!」


突然タヌキにされ、動揺を隠せない男達を酷薄な眼差しでねめつけたまま壱哉は言いました。


「お前達にはその姿が似合いだ。・・・せいぜい狩人に狩られないように気をつけるんだな」


壱哉の言葉に恐怖を覚えたのか、三匹は泡をくった様子で駆けだし茂みの中へと消えてゆきました。


「・・・黒崎さん・・あいつらをタヌキにしちまったのかっ!?」


ネピリムの存在や『子猫』呼ばわりされたことなど、突込みたいことは山ほどあった新でしたが、自分を襲った男達の慣れの果てはさすがに見過ごすことはできませんでした。自業自得とはいえ、村人をタヌキにするのはやり過ぎです。


「何が悪い?・・どうせあいつらはこの村でもやっかいものなんだ。誰も文句は言わんさ」


三人組みの悪い評判は新も知っていました。恐らく壱哉の指摘通り、苦情を申し立てる者は誰もいないことでしょう。幸い村の外に広がる森は豊かで、食べ物に困ることもありません。


(いきなりタヌキにされるなんて・・・ちょっと可哀想だけど・・しかたないのかもな)


彼らに襲われそうになった身としては、それ以上寛容な気持ちにもなれませんでした。


「・・・・二人共僕の存在を忘れてやしないかい?」


不満気なネピリムの声に、壱哉と新は揃って彼に注目しました。


「・・・あ・・・あんた」


森で偶然見つけた新の宝物・・一際大きく輝きを放つきのこ。その効能について教えてくれたのは他でもないネピリムでした。


『わ、悪魔!?・・・俺になんの用だよ!?』


『・・・この僕が先を越されるとはね・・まあ、いい。おい、お前、そのきのこは貴重なものなんだ。』


『え・・・?』


ネピリムの話ではそのきのこを食したものは一晩だけ願いが叶うというのです。


新にも叶えたい願いはありましたが、それは一晩だけで満足できるような物ではなく、ましてやきのこの力を使って叶えるようなものでもありませんでした。


将来の夢、失踪した両親との再会、どれも束の間で良いものでは決してありません。けれど貴重なきのこであることはわかったので、いざというその時まで大切にしようと心に決めたのです。


もの言いたげな新の視線をあっさりかわすと、ネピリムは艶めいた誘惑するような淫蕩な視線を壱哉に向けました。


「・・・久し振り、君ってば全然呼んでくれないからさ・・・もう忘れられたのかと思ってたよ」


崇められ賞賛されることに慣れているネピリムにとって、壱哉は全く予想外の存在でした。悪魔の自分を恐れることもなく、倣岸不遜で黒いオーラを漂わせた壱哉は、悪魔にとっても興味深い存在でした。祈りをささげることもなく、背徳的な行為を繰り返す壱哉は、転生すれば間違いなく悪魔になれる器の持ち主だったのです。


「・・・ふん、用は済んだんだからもう帰れ」


労うこともなく高飛車に言われたネピリムのこめかみにぴくりと青筋が立ちましたが、壱哉は腕組みしたままそっけなく虫を払うように手を振りました。


「~~~~!!!!!!」


余りの仕打ちに絶句したネピリムでしたが、次の瞬間ぱっと掻き消えていなくなりました。