「おにいちゃん!ほんと料理上手だね~?お母さんの料理もおいしいけど、ぼくこんなにおいしいシチュー食べたのはじめてだよ。おにいちゃんのきのこもおいしいけどお母さんとぼくでおいもたくさんとったんだよ~ほくほくでおいしいね」
「・・本当に美味しいよ。スパイスの使い方が美味いのは見習いたいものだなあ」
「・・確かに。お前には料理の才能があるな。前に晩餐会で食べたスープにもひけはとらんぞ」
口々に褒められた新は満更でもない様子ではにかんだ笑みを浮かべました。
「・・・喜んでもらえて良かったです。俺、いつも一人だから誰かに食べてもらうのは本当初めてでッ・・・すみません」
家族のことを思い出したのでしょうか、少しだけ感傷的になった新に向けられる眼差しは温かなものばかりではありませんでした。
「・・・ふん、いなくなった家族のことなんてさっさと忘れてしまえ」
幾分冷めた声で無表情になった壱哉が言った途端、新が小さな肩を強張らせ、膝の上で握った拳を強く握り締めるのを見た山口が咎めるような眼差しを壱哉へと向けました。
自分といるのに彼を捨てた身勝手な者達のことで心を痛める少年の姿を目にした途端、言い知れぬ不快な心地になった壱哉のそれは思わず口をついて出た言葉でした。
「・・・嫌だ、俺は絶対忘れない」
前髪に隠れた少年の表情は読めませんでしたが、固い口調からは必死に虚勢を張っているのだということが山口の憐憫を誘いましたが、反抗的な少年の態度に苛立った壱哉が怒気を孕んだ声音で唆すように少年に言いました。
「・・そうだ。憎しみを忘れるな・・お前を捨てた両親を許すな」
それは少年にではなく、自らを誡める言葉でした。亡き父に対する憎悪を決して片時も忘れることができない、憎悪から逃避するために遊興に耽ることしかできない壱哉の内なる声でした。
しかし、少年はきっぱりと言ったのです。
「・・・違うよ」
これまでの少年の印象を変えるような凛々しい声音に、壱哉の眉がかすかにしかめられました。
「・・・なに?」
「黒崎さん・・俺が言いたかったのはそういうんじゃないぜ?・・俺は親父とお袋を憎んだりしない。離れていたってあの二人は俺の両親で、俺はあの人達の子供なんだ。・・ただ家族だったことを忘れたくない・・・忘れたくないんだ」
「確かに・・・両親が消えたことで色々あったさ。でもさ、俺はこうして無事生きているし、あの人達が俺の将来を考えて俺を残していったんだってこと・・・わかってるから平気だ」
自らに言い聞かせるようにも聞こえましたが、その言葉の中に込められた力強さが少年を一回り大人にみせてもいて、感心する山口とは対照的に、苦虫を噛み潰したような顔になった壱哉は忌々しそうに吐き捨てました。
「・・・強がりだな」
壱哉がそう言った時、ぴくりと新の肩が震えたのに気づいた山口は、少年の張った虚勢が一瞬で剥がれ孤独に苛まれる等身大の彼の姿を垣間見たのです。思いやりのない壱哉の態度には感心できませんでしたが、彼の目は確かで相手のウィークポイントを見極める能力に長けている事に改めて感心することになりました。
信頼を裏切られ傷ついて尚、両親を許容する少年と、父への憎悪に捕らわれ苦しみ、その苦しみから逃れたくて人を傷つけてしまう壱哉・・
そのどちらも虚勢で・・
(・・・弱さから目を背けてるのは一緒なんだね。・・似てるよ君達は・・)
孤独の闇の中でもがきながらも迷わずに光だけを目指す新。
温もりを求めながら手に入れる事を怖れ、光から目をそらし怠惰な漆黒に身を委ね、渇望する者さえ闇に染めてしまう壱哉・・
それは似て非なるものでした。
せっかくの楽しい夕食の一時も過ぎ去り後味の悪い静寂に包まれ、しらけてしまった雰囲気にせかされるように場はお開きとなってしまいました。
きっかけは壱哉の不要意な一言でしたが、流せなかった自分にも非があることを自覚しながらも『強がりだ』と図星をつかれた腹立ちがおさまらずいたたれないまま、食卓をさ迷わせた新の視線が気落ちした様子で俯く幼い一也に止まると一気に罪悪感へと転じました。こんな子供を不安にさせてしまった自分に大人気ない壱哉の振るまいを責める事はできず、かといって素直に謝る事もできなかった新はつっけんどんに言いました。
「・・・俺、もう帰るから・・・」
一人の侘しい住まいに思いを馳せながら、気まずさもあり一刻も早くこの場から立去りたかった新はそう言うなりやや乱暴に椅子から立ちあがりましたが、さすがに今度は引き止める者はいませんでした。
顔を背けたままの壱哉に代わり、山口が労うように新に声をかけました。
「・・今夜はごちそうさま。・・もう大分暗いけど一人で帰れるかい?」
少年の家は村外れです。酒場が賑わいを見せるこの時間、家で子供を寝かしつける女や夜も早い年寄りはともかく村の男衆は酒を酌み交わす為に酒場に繰り出すからです。普段は善良な村人の中にも酒を飲み気が大きくなれば、粗相をす者もいるかもしれません。女性でなくとも、村外れに一人で住む曰くつきの少年に関心を寄せる輩はいるのです。
「・・・平気ですから、俺。あ、山口さん、毎度ありがとうございました・・それじゃ」
しかし少年は山口の申し出をきっぱりと断ると、最後に一度壱哉に物言いたげな視線を投げかけましたが、結局一言も発さずに暗い夜道を帰っていきました。
(・・・意地っ張りだなあ・・二人共。まったくどっちが大人なんだろうね)
精一杯虚勢を張ったどこか寂しげな後姿を見送った山口は、溜息を一つつくと未だすねたままの壱哉に声をかけました。
「・・・送ってあげたほうがよかったんじゃないのかい?」
「・・・なんで俺が・・」
聡い壱哉だから失言は自覚済みでした。先ほどの新の態度を思い返しても彼が胸のうちにしまい込んでいた弱さを指摘してしまったことが彼を傷つけてしまったことは壱哉にも分かりましたが、許す事を知る新を前に己の狭量さを思い知らされてしまった壱哉は気づけば新に理不尽な苛立ちをぶつけていたのです。その気まずさから今はまだ新と顔を会わせるきには到底なれませんでした。