キスされたのだと気づいた新の頬は一瞬でリンゴのように真っ赤になりました。


「なにすんだよっ!」


あまりの恥ずかしさに怒った新が席を立ち、壱哉の胸倉を掴んだその時です。


メキメキメキッ


嫌な音とともに、椅子の足が折れたのは・・


「わわわっ・・・」


バランスを崩した新は、壱哉もろとも床の上に倒れこんでしまいました。


こんな状況でも悪びれずに不遜な顔で微笑む壱哉と至近距離で目が合い、憤死しそうなほど顔を真っ赤にした新はまさに身の置き所がない有様でした。


「このっ!!ぽんぽこぴ~~~~~~~~!!」


「・・・誰がぽんぽこぴ~だ。・・失敬な奴だな」


新が絶叫し、聞きなれない罵倒に壱哉が憮然としたその時です


「ただいま~黒崎君!・・おイモいっぱい取れたよ~」


楽しそうな無邪気な幼子の声が台所に響き渡りました。


「・・・・え?」


一瞬で蒼褪めた新の視線の先にはこの屋敷の住人の一人、山口の連れ子の一也の姿がありました。


「・・・黒崎君?・・・あれ?きのこ取りのおにいちゃんだ~」


「・・・え?」


動くことも取り繕うこともできず、固まる新と平然とした面持ちで成り行きを楽しむ壱哉、対照的な反応を返す二人の前にさらに遅れて台所に現れた人物・・それは一也の母(!?)の山口でした。(←何故かワンピースを着た山口が違和感なく登場汗


「ただいま~~!!!一也見ちゃダメ!!」


一瞬で状況を把握した山口は幼い我が子の目を覆うと不遜な義理の息子を軽く睨みました。


「・・・やれやれ・・・もう帰ってきたのか・・新、どけ」


全く悪びれた様子もなく壱哉はぼそりと呟くと、押倒すように覆い被さったままの姿勢だった新を促がしました。


凍りついた一時が過ぎ、体裁を整えた新は山口に頭を下げながら言いました。


「・・・すみませんッ・・俺、きのこを買って欲しかっただけで・・・・誤解です!」


そう言った途端、一瞬眼差しを強めた山口の視線に身が竦んだ新でしたが、山口自身義理の息子の不祥事は日常茶飯事だったのかすぐに穏やかな表情に戻ると、懐から取り出した袋の中から数枚のコインを取りだし新へと差し出しました。


「・・・全部いただくよ。ご苦労様」


だからもう立去るようにと言外に含んだ声に、泣きそうになりながらもぐっと堪えた新は糧を得る為のお金を受け取りました。豆の粒がポツポツ転がったボウルにきのこを移し、空になったカゴを手に一礼して立ち去ろうとした新を引き止めたのは壱哉でした。


新をもしここで逃せば次がないことを壱哉は経験から知っていました。これまで壱哉の遊び相手は旅人や行商人や、旅芸人などの余所者がほとんどでした。とはいえ、新は村外れに一人で住んでいる少年だったので、少しだけの例外です。謂われない罪で村を追放された両親に置き去りにされた少年でした。森で採った山菜を売りその日その日の生計を立てていることを風の噂で聞いていたのです。しかしこの屋敷の悪名は村中に広まっていたため、良識のある者達がこの屋敷に訪れることはめったにありませんでした。ただ亡き父の威光を怖れ追従してきただけの村人達のことなど、壱哉が気にかけることはありませんでしたが、同じく仲間外れにされていた新もまた、この屋敷の噂を知っていた為か今日までその姿を間近で見掛けることはなかったのです。


「待て、誰が帰っていいと言った?この屋敷の主人は俺だ、お前は俺が招いた客なんだから堂々としていろ」


新の腰を抱き寄せながら言い放った黒崎の言葉に呆然とする新は緊張の面持ちで年長者である山口の様子を伺いました。


場の空気を全く読まない壱哉の意見に凍りついた新と山口でしたが、すぐに気を取り直したのは山口の方でした。


「・・・黒崎君がそう言うなら。確かにこの屋敷の主人は君で、私達親子はその恩寵を受けている身、出過ぎたマネをしてしまいました。そういうことですから、君、・・ゆっくりしていってくださいね」


壱哉と新に向かいそう言った山口の大人の対応に、気まずさは消えないまま新は帰るきっかけを完全に失ってしまいました。


グ~~~ッ


その時です、壱哉のお腹の虫が鳴ったのは。


「・・・腹が減ったな・・・もうこんな時間か・・そう言えば昼飯もまだだった」


以前屋敷で働いていた使用人と未だ懇意にしているらしく、厚意に甘えた山口が一也を連れ早朝からイモ掘りに出かけてしまったため、今日は外で食事をするはずでしたが、頼まれた豆の処理に手間取り結果的に無駄になってしまった上、通りかかった少年にちょっかいをかけるうちに昼食を抜いてしまったのです。