少年Aサイド
――!!!
そして・・俺は温かくて逞しい腕に抱きこまれていた。
「・・・榛名!!」
もう一度・・桐野は俺の名前を呼んでくれた。
―――あ・・俺の名前呼んでくれた
嬉しかった。・・本当に嬉しかった。気づいたら俺は桐野の胸に顔を埋めたまま泣いていた。
「・・・いつ・・樹・・」
だから・・勇気を出して・・俺も名前を呼んでみた。街のど真ん中で、男同士で抱き合ってる俺達に突き刺さる周囲の冷たい視線にはこの際目を瞑ることにした。
だって桐野に名前を呼ばれただけで、こんなにも幸せで、自分でも顔が赤くなっているのはわかってるから恥ずかしくって
・・顔をあげられなかった。
そしたらビクッと桐野の身体が跳ねた。
・・?
不思議な反応に、俺はつい桐野の顔を見上げた。
―――え????
桐野は俺に負けないくらい赤くなっていた。でも・・自信がもてない俺は試しに、桐野を見つめたままもう一度呼んでみた。
「・・・逸樹・・?」
そしたら桐野は俺のことをまたギュッと抱きしめてくれた。周囲に人がいなければ・・キスしてくれただろうか?
そんな甘さを感じさせるほどの抱擁に俺の胸は熱く高鳴った。
これから・・どうする気なんだろう?
俺がジッと見つめると、桐野は俺を見つめたまま口を開いた。
「・・・司君とは別れます・・だから僕の恋人になってくれませんか・・榛名」
・・・ボクって
一人称が『私』から『僕』に変わったことに気づいた俺は内心動揺しながらも、桐野・・いや逸樹の言葉を反芻した。
――恋人?
「・・・俺が・・逸樹の・・?・・でもっ・・」
正直嬉しいより、信じられないって思いの方が強かった。だってそうだろ?俺は一度逸樹に捨てられた身だ・・しかも・・司さんが素敵な人だってことは・・俺だって分かっているつもりだったから・・不安だった。
そしたら、いきなり逸樹の眼差しがきつくなった。でもその目は俺を責めているわけじゃなくて・・まるで縋るように俺を見ていた。
「・・・嫌だなんて・・・言わないでださい・・榛名。確かに・・君には・・非道なことをしたと思います。僕の振るまいが君を傷つけてしまったのだと・・今ではわかります。だけど・・気概のある君に、僕の愛人なんて立場で満足してほしくなかった。君の心に必要以上に踏みこまないよう、僕は自分を律するしかなかった。・・僕は臆病だからまた誰かに本気になるのが怖かったんです・・」
逸樹の言葉に・・俺は渡辺氏の妹さんの事故の話しを思い出した。
愛する人を失えば、また失うのが怖くなるものかもしれない・・そしてなにより、逸樹はその不幸は自分のせいだって思ってるんだ。
本気になるのが怖いのは・・暴走・・するから・・?
俺を見つめる逸樹の双眸には確かにこれまで感じたことのなかった、熱い情熱が秘められていた。
・・・・そっか
俺はなんとなく桐野逸樹という男がわかった気がした。
俺より長く生きてるオジサンだから厚顔無恥に振舞えるのだと思っていたけれど・・
こいつも俺と同じだった。人を好きになればなるほど臆病になって・・傷つくのが怖くなって・・経験値が無駄に高い分、己を偽って自分の弱さを気取らせないように完全武装できるだけなんだ。
「・・・なれよ・・俺、逸樹の本気が見たい」
そしたら・・俺も逸樹のこと信じる。信じてもいい・・だから本当の逸樹を曝け出して欲しい・・
「・・・俺も・・逸樹の恋人に・・なりたい」
逸樹は知らないかもしれないけど・・俺だって欲張りなんだ。逸樹に俺だけを見て欲しい。・・独占したい
言った途端、離すまいとでも言うようにギュウッと骨が軋むくらい強く抱きしめられて、早鐘を打つお互いの心音が伝わってきて、俺は胸が一杯になった。
「・・・榛名・・愛していますよ」
――!!
そう囁いて俺を抱きしめながら、逸樹は俺の首筋に顔を埋めた。
言ってくれた。・・ずっと聞きたかった言葉。逸樹の吐息の熱さに身体が震えた。
「・・・俺も・・逸樹のこと愛してる・・だから・・」
――俺のこと・・抱いて欲しい
逸樹の耳に顔を寄せ、甘えるように囁き返すと逸樹が覚悟を決めたように顔を上げた。
「・・私の家に行きましょう・・榛名」
定宿のホテルはすぐそこだと言うのに・・逸樹はそう言った。本当は今すぐ抱き合いたかったけれど・・でも同時に、逸樹のプライベート空間に入れてもらえることが嬉しくて・・・俺は笑顔で頷き返したのだった。