桐野サイド
―――なぜ少年Aが隆之さんと!?
食い入るように見守る私の目線の先では、少年Aが隆之さんに向き直り笑顔で頭を下げていた。
私が夢にまで見た笑顔を他の男に向けている・・どす黒い嫉妬に狂いながら、その時になってやっと私の中で合点がいった。
『・・どうやら島崎には好きな相手がいるみたいなんですよねえ・・』
脳裏に過る篠原君の声が私に全てを悟らせた。私の胃の腑が急速に冷えていき、至極冷静に物事を考えることができた。
・・・そうか、そういうことか
つまり少年Aはいつまた心変わりするとも知れない私から、隆之さんに乗り換えたということだ・・
確かに隆之さんなら申し分のない相手だった。経済力でも、包容力でも・・
もう私の目は少年Aも隆之さんも見ていなかった。歯を食い縛ったままただ崩れ落ちそうな自分の足元を睨みつけることしかできなかった。
その時だ・・私の携帯が鳴ったのは・・・
雇われ店長の悲しさか・・こんな時だというのに私は条件反射で相手も確かめずに電話に出ていた。
「―――桐野?」
その第一声を聞いた時、私の心臓は大きく高鳴った。その甘さを含んだ穏やかな声・・・
―――少年A?君なのですか・・?
なんだか久し振りに彼の声を聞いた気がした。
「・・俺・・島崎だけど・・。まさか電話に出てもらえるとは思ってなかった・・・あ、と・・そんなことはどうでもいいのか。・・桐野?聞いてる?」
私が言葉を発しなかったせいか、少し不安そうな声で少年Aはそう言った。
「・・・ええ、聞いていますよ。・・お久しぶりですね。・・・元気にしていましたか?」
我ながら、底冷えするような声だと思った。少年Aは隆之さんと彼が一緒にホテルから出てきたところを私に見られたことを知らないのだから無理はないのだが・・・
「・・・っ」
元々敏感なところのある少年Aは私の声音から察したのだろうか・・一瞬臆した気配が電話越しに伝わってきた。しかしすぐに気を取り直したように先を続けた。
「・・・俺・・あんたにどうしても伝えたい事があって・・」
その先は聞かずともわかっていた。大方新しいパトロンができたとか、私への恨み言なのだろう・・
我ながらネガティブな思考にうんざりしながら、それでも最後まで彼の言い分を聞くつもりだった。それが私が傷つけてしまった彼に対する償いなのだと私は信じていた。
「・・・今まで・・ありがとう」
――え?
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「・・・俺、ずっと意地張ってたけど、こうして話してもらえるの・・最後かもしれないから・・少しだけ素直に白状するけど・・これまで支えてくれたこと感謝してるんだぜ?あんたには司さんって恋人がいるし・・今更・・遅いってわかってるけどさ・・俺、あんたのことずっとずっと好きみたいだ。」
――!!!
好き!?
少年Aが私のことを・・・好きだと?
それはあまりにも思いがけない言葉で、私は動揺していた。しかも少年Aは確かに「・・ずっとずっと好き」だと言ったのだ。
では・・篠原君の言っていた少年Aの好きな相手と言うのは・・私のことだと言うのか・・・?
ドクン
脳髄を焼ききる、スパークがパチパチと煌く感覚に襲われ自制を保てなくなる予感に震えながら、それでも俄かには信じられず呆然としたままの私の耳に、悲しみを耐えるような少年Aの声が聞こえて来た。
「・・・だからあんたに『少年A』って没個性の呼ばれ方するの・・・すごく辛かったんだと思う。俺なんて・・あんたにとってはその程度の存在だったのかもしれないけど・・」
「・・・・違う!!!」
私は少年A・・いや、榛名の言葉を遮っていた。別の呼び名を与えたのは私なりの配慮のつもりだったが、そこまで榛名を傷つけているのだと知っていたら・・・
電話では相手の顔までは見ることはできない。まだこの付近にいるはずだと思うと、私はいても立ってもいられなくなっていた。
・・・ああ、ダメだ・・私はまた・・暴走してしまうのか
――だから。
「・・・すみません、高見沢君・・私はあなたとホテルには行けません」
頬を張られる覚悟で私は司君にそう告げた。しかし司君は諦めた様子で溜息を漏らしただけだった。
「・・・・ぼくの事はいいですから。・・・桐野さんの後悔のないようにしてください」
私は司君に心の中で手を合わせると、急ぎ榛名の姿を探して雑踏を駆け抜けた。
やがて人込みに隠れるような見覚えのある小さな人影を見つけた。
「榛名!!」
私は迷わずに通りを挟んだまま、彼の名を叫んでいた。