少年Aサイド


気づいたら俺はベッドに寝かされていた。


「・・・・・ここは?」


見覚えのある場所だった。いや、正確には同じ部屋ではないのだろうが・・以前桐野に連れこまれていたホテルの一室だった。部屋の電気は消され、サイドテーブルのライトだけが光源だった。


その光りさえ眩しくてズキズキと痛む頭を押さえながら不安な面持ちで身を起こした時、洗面所の方から誰かが顔を出した。


「ああ・・良かった気がついたんだね」


一瞬俺はデジャブを感じた。


――桐野?


しかし声は全く別人のもので、俺が考える間もなくその人物が濡れタオルを手に戻って来た。


「・・・具合はどうかな?・・これを使うといい。・・それとも水の方が良かったかな?」


渡辺氏の姿を目にした途端、朦朧とした意識の中から必要な記憶を掘り起こすことができた。


・・・そうだった俺は渡辺氏に誘われ、以前行ったことのある店で食事をしたんだ。しかし・・それ以降の記憶がぷっつりと絶えていたが、ここがホテルである以上渡辺氏が俺をここに連れて来たんだろう。


食事してセックス・・再び頭に浮かんだフレーズを慌てて消し去ると、俺は不安を紛らわせるように礼を言った。


「・・・ご迷惑をおかけしてすみませんでした・・少し休めば大丈夫だと思いますから」


まだ酩酊感が抜けていなくて、動く事はできそうになかった。俺は礼を言って渡辺氏から受け取った濡れタオルを火照った額に押し当てると、眩暈から逃れるように枕に頭をもたせかけた。


「・・・それなら良かった。・・もし具合が悪いようなら遠慮せずに言うんだよ?」


なんだか子供に言い聞かせるような口調に、俺は情けなくて苦笑するしかなかった。本当に、これではまるで子供そのものだった。初対面も同然の人相手に醜態をさらしてしまった。下戸で酒はからきしなのに・・勧められるまま飲んでしまい、酔いつぶれてしまうなんて・・・きっと渡辺氏も呆れたことだろう。そんなことをつらつらと考えていると、窓際に置かれたソファに身を落ちつけた渡辺氏が言った。


「・・・さて・・単刀直入に聞かせてもらいたいことがあるんだが・・応えられそうかな?」


それは予測していたことだった。俺を食事に誘ったのも、なんらかの意図があってのことだろうということは察しがついていた。それなのに・・俺は緊張に耐えられずに酒に手を出して潰れてしまったのだから情けなかった。


「・・・はい」


やっとのことでそう応えた。渡辺氏が桐野と俺の関係をどこまで知っているかは分からないが、桐野と司さんが抱き合っているのを見ただけで泣き出してしまった俺を見たらある程度の察しはつくのではないかと思った。


「・・・君と桐野は・・交際していた・・そうだね?」


本当にズバリと聞かれたが、俺は渡辺氏の影を見つめながら頷くと正直にこれまでの関係を打ち明けた。


「・・・俺、桐野・・さんの愛人・・だったんです。・・関係は終わったけど・・まだ経済的に援助をしてもらってます・・だから・・」


「・・援助とは・・具体的にどうのような?」


「・・・それは・・」

・・・・


一通り俺の話を聞き終えた渡辺氏はさすがに驚いたようだった。しかしすぐに納得したのか確かめるように言った。


「・・・しかし、君はまだ桐野を忘れられない・・違うかな?」


ズキッ・・と胸が疼いた。じんわりと視界が涙で潤んだまま俺は静かに頷いた。


「・・・まだ・・桐野を愛しているのかい?」


さらに深く切りこまれ、俺は必死に気持ちを落ちつかせなければならなかった。


「・・・・はい」


―――愛していた。


俺に初めてこの感情を芽生えさせ、一方的に捨てた男を・・俺はまだ・・愛していた。愛しているのなら身を引くべきだったのかもしれない・・でも俺にはそれができなかった。伝えられなかった想いを伝えたくて必死だったから・・だから分を越えた身のほど知らずなことをしてしまった報いを受けた。


「・・・そうか。・・桐野は君の想いを知っているのかな?」


感情を交えずに冷静に問われることで、俺は幾分気が楽になった気がした。同情されたり、叱責されるのはごめんだったから。


「・・・いいえ。俺達はそんな甘い関係じゃなかったから・・」


だから俺も桐野が俺をどう思っているか真剣に考えたことはなかった。俺はずっとアイツが嫌いだったし、アイツは俺を捌け口くらいにしか認識していなかっただろう。


「・・だけど・・最後にどうしても伝えたくて・・だから今日・・店に」


でもそれだけじゃなかったのだと今なら少しはわかる。

もう二度と会えないとわかった時、俺の心にぽっかりと開いた穴は未だ開いたままだった。失ってしまった部分には俺にとって大切な想いが詰っていたのだと気づいたから・・取り戻せないのであれば、忘れないうちにそんな気持ちがあったことを伝えたかったのだ。