少年Aサイド


歩き出して直ぐ、角を曲がった先に渡辺氏の姿を見つけた。しかし彼は中には入らず、廊下から室内の様子をそれとなく伺っているようだった。


―――?


なんだか嫌な胸騒ぎがしながら、俺は静かに渡辺氏の傍まで行った。すると気配で気づいた渡辺氏が振りかえり、俺の姿を発見すると微かに眉をしかめたが、すぐに口元に指を当て音を立てないよう合図を送ってきた。


俺は頷いて了承の意を伝えながら、何気なく中の様子を伺った。


!!!!!


目にしたのはたぶん一瞬だったのに、俺の脳裏に焼きつく衝撃的な光景が待ち構えていた。


渡辺氏の配慮を無駄にした罰が当ったのかもしれない。


俺が目撃したもの・・それは事務所らしき場所で寄り添い合う二つの影だった。

その影の片方は昼間会ったばかりの司さんだった。その司さんを抱きしめる長身の後ろ姿は・・桐野だった。


「・・・桐野さん・・・今夜・・ぼくを抱いてくれませんか・・?」


!!


アイツを呼ぶどこか張り詰めたような司さんの甘い美声が俺の脳髄を焼いた。


ドクンドクンドクン


痛いくらいに高鳴る心臓を抑えるように、ぎゅうっと俺はシャツの胸元を掴んだ。


―――嫌だ!!聞きたくない!!!


しかしそんな願いなど叶うはずも無く・・立ち聞きした俺を罰するようにひどく優しい穏やかな声でアイツは言った。


「・・・ええ、いいですよ。・・」


桐野の返答を耳にした瞬間、俺はその場から逃げ出していた。スニーカーだったから足音こそ立たなかったと思うけど、正直そんなこと冷静に考える余裕すらなくなっていた。無性に叫びたかったけど、歯を食い縛り口元を押さえ必死に我慢した。


でも涙はさすがに止めようがなくて、視界がぼやけてもはっきりと見える抱き合った二人の姿が頭から離れなくて・・・


苦しくてたまらなかった。


軽く呼吸困難に陥りながら、俺は新鮮な空気を求めて裏口から通りへと飛び出した。必死に息を整えていると、背後で遅れてドアが開く音がして、渡辺氏が出てくるのが横目に見えた。


「・・・君・・大丈夫かい?」


言いよどむ渡辺氏の視線が俺の泣き顔に注がれているのがわかったが、俺は応える事ができなかった。


俺はバカだった。失恋したって分かってたのに・・わざわざこんな所まで来るなんて・・・


はっきりと現場を目にしてやっと、俺はもう無理なんだということを理解した。

これ以上傷つくことなんてないと思っていたのに、司さんに再会した時以上に苦しくてたまらなかった。


「とにかく落ちつきなさい・・ここで泣かれても私も困るし・・桐野に会うのを承諾した私にも責任はあるようだから」


嗚咽を漏らし、肩を震わすことしかできない俺を宥めるように渡部氏の手がそっと肩に置かれた。


優しくさすられるうちに、俺も徐々に冷静さを取り戻すことができたが、冷静になった分急に恥ずかしさが込み上げてきた。そうなると、俺の肩に添えられた渡辺氏の手の感触が妙に気になってしかたなかった。


いい年をして羞恥心が全く無い桐野が俺を連れまわす度に、自分の所有物だと見せびらかすように馴れ馴れしく俺の肩を抱いていたことを思いだしたのだ。別に渡辺氏にはエロオヤジの桐野と違って俺に対する下心なんてないんだろうけど、二人共同年代だし、彼が身に纏った濃厚なフレグランスの香りや体温を意識するなと言う方が無理な相談だった。


まだショックから立ち直れてはいなかったし辛い気持ちはあったけれど、そんな余計なことを気にかける程度に俺は冷静さを取り戻していた。


「あの・・・取り乱してすみませんでした・・もう大丈夫です。・・・ありがとうございました」


やっとのことでそれだけを言う。今は一杯一杯だったけれど、便宜を図ってくれた渡辺氏に礼を言うことくらいはできた。


「・・・そうかい?・・う・・ん。この店のオーナーとしてはこのまま君を帰すわけにもいかない。どうだろう?お詫びにまだなら夕飯をご馳走しよう」


―――え?


不意打ちだった。


食事してセックス・・


そんなベタなフレーズが一瞬俺の脳裏に過った。桐野に限らずやはりオヤジの定番なのだろうか・・?


確かめるのも怖かったし元より食欲などあるはずもなかったが、俺は何故か断る口実が思い浮かばなかった。すでにみっともない姿を見られた相手にこれ以上取り繕うこともできないまま、頷いていた。


忙しいだろうに・・面識も薄い俺にわざわざ気を使ってくれる渡辺氏の好意に甘えたかったのかもしれないし、ただ単に自暴自棄状態からだったかもしれない。


渡辺氏の口調は提案に見せかけてかなり強引な響きがあるようにも感じたが、なににせよ俺は非常に押しに弱かったと言うことだ。