少年Aサイド
榛名自宅
それから一週間、奴からの呼び出しもなく、俺は奴のことを思い出す暇もないまま執筆に昼夜没頭しながら充実した日々を過ごしていた。
後少しで目処も立つ・・そんな矢先のことだった。
徹夜明けでついウトウトと眠り込んでしまっていた俺は一本の電話で叩き起こされた。反射的に時計を見遣ると、昼を少し過ぎていた。電話は桐野からだった。俺は嫌な予感を覚えつつ、重い気持ちで電話に出た。
「・・・・好きな人ができました。だから私と別れて欲しいんです」
開口一番桐野はそう言った。
俺は一瞬意味がわからなかった。電話に出るまでは、次の呼び出しなのだと思っていた。来週ならばなんとか予定が立つのに・・と不満すら感じていた。けれど、ゆっくりと言葉の意味が染みこんで理解できた途端、予想外のことが起きた。
・・・―――!!
(なんだよ・・・これ?・・・俺、なんで泣いてるんだよ・・?)
奴は俺の沈黙を誤解したらしく勝手に話しを続けていたが、愛人契約の解消は個人的な理由なので今後も俺が自立できるまでの援助は続けるとの趣旨のことを言っていた。肉体も提供する必要もないのだからこれはむしろ喜ぶべきだった。
それなのに・・・!!
俺は眼鏡を外し震える手で目頭に触れると、大粒の涙が後から後から溢れ出してきて、指先を濡らした。
気づいたら通話は終わっていた。
「・・・・恋人・・できたんだ」
あんな男に真剣に交際できる相手が出来るなど悪い冗談のようだった。恋人に誠実に振舞いたいから・・だから俺との縁を切りたいのだと言っていた。あの男の指摘通りどちらにとっても悪くない話しだった。
なのに!!
「はは・・なんで俺・・泣いてんだよ」
自分の反応が一番理解できなかった。一方的に関係を清算された悔しさなのかもしれないとも思ったが、ズキリと痛む胸が傷心ゆえだと教えていて・・・。
・・・俺は失った後になってやっと・・奴に、桐野逸樹にもうずっと前から恋をしていたのだと知ったのだった。
現実から逃避するようにベッドに潜り込んだ俺は胎児のように包まり嗚咽を漏らしながら、涙が涸れ果てるまで泣いた。
そしてそんな俺を待っていたのは怒涛のスランプ地獄だった。