少年Aサイド
突然アイツから呼び出された俺は気の進まないまま奴との待ち合わせ場所に向かった。食事をしてセックス・・お決まりのパターンだった。それが月に2、3回。我慢することで俺は今の生活を手に入れた。
暗く人付き合いが苦手な俺は仕事先を立て続けに首になり、金に困っていた。そんな時に手を差し伸べてくれたのが、取材で知り合ったカフェ・リンドバーグのマスター・・桐野だった。穏やかな落ちついた大人の男で、俺の拙い話も忍耐強く聞いてくれて・・・あの頃の俺は彼に憧れを抱いていたんだと思う。だから親身になってくれた彼から良い仕事があると聞かされた時、疑いもせずに飛びついた。
でも・・・バカだった。ホテルに連れ込んだ俺をアイツは・・・。
同性から欲望を向けられたことは俺の常識を覆すのに充分だった。女じゃないから・・平気だって思おうとしたけど・・ダメだった。俺が呆然としている間にアイツは住む場所も決め口座も開き、俺の前に鍵と通帳を差し出した。・・俺は屈辱に震えながらもそれを拒めなかった。何よりも欲しかった安定した生活と時間を手に入れるためだった。
だからって納得したわけじゃなかった。
こんな生活、絶対終わりにしてやる!!今丁度手がけている作品が完成さえすれば・・・
久々に手応えのある作品にし上がりそうだった。だから今は無駄にしている時間が惜しくてならなかった。
なのに・・現実は厳しい。俺は奴が急に入れた予定に振りまわされることとなった。
桐野の連れていく店は俺なんか敷居も跨ぐことさえできないようなどこも高級志向の店ばかりで、味もサービスも行き届いた店ばかりだった。でも食事している時間さえ惜しい俺にとって、味なんかわかるはずもなく、一品づつ運ばれてくる料理も俺の苛立ちを煽るものでしかなかった。もし今夜桐野に呼び出されさえしなければ、俺は食事を抜いただろうし、摂ったとしても買い置きのカップ麺かなにかですませただろう。俺にとっての食とはそんなものでしかなかった。
食事も終わり、例によって俺は羞恥心の欠片も無いアイツに肩を抱かれたまま定宿のホテルへと連れこまれた。
シャワーを浴び、セックスして体力を大幅に疲弊して・・またシャワーを浴びて・・・今回はどのくらいで解放されるだろうか・・・?
憂鬱な気分でそんなことを考えていた俺をアイツは抱いた。
何度やっても慣れることなど決してない。巧みな技巧も俺にとっては屈辱にしか感じなかった。
こんなことにでもならなければ男とのセックスを知ることなど永遠になかっただろう。これを貴重な体験をしたと思えるほど俺は達観した人間にはなれそうになかった。やっとのことで解放され、ねちっこくなぶられ心身ともに疲弊した俺を残し、ヤツがシャワーを浴びて戻ってきた時、微かな振動音が聞こえた気がした。横目で桐野の気配を探ると、なんとこんな時だというのに、奴は携帯を取り出すところだった。
唖然としている俺に構わず、電話に出たヤツの声に意識が集中してしまう。
「・・・お疲れ様です、高見沢君。・・どうかしましたか・・?」
外面だけはいい奴だと苦々しく思いながら、柔らかな微笑を浮かべた高見沢司の姿を俺は思い起こした。
カフェ・リンドバーグのギャルソンをしている人で、年は30頃で俺よりも大分年上の人だったが、ふんわりとした透明感みたいなものがあって、フロアにいるだけで明るい雰囲気を醸し出す、とても綺麗な人だった。心なしか桐野も普段より熱のこもった話しぶりに思えた。桐野が腹心として司さんを信頼しているのは俺にも分かっていた。・・・だからだろうか・・?
なんとなくそれだけでもないような、釈然としない心地のまま俺は無視を決め込んでいた。やがて通話を終えた桐野が頭上で重い溜息をつくのが聞こえて来た。
俺は背を向けていたから・・奴がどんな顔をしているのか見ずに済んだけど・・何故なんだろう?
桐野の大きな掌が俺の頭に置かれた瞬間、俺の目から涙が一筋溢れ出た。
俺に屈辱を味わわせ、満足したのだからさっさと身支度を整えた桐野は俺を残し部屋を出て行くのだろうと思っていた。
・・・それなのに
一体なんの気まぐれなんだろう・・?
これまでがこれまでだっただけに素直に、示されたそれが優しさからだと信じることができなかった俺は、奴が出ていくまで一言も発する事ができなかった。
明かりのついた部屋に一人取り残された俺は、反射的に腕時計を見ると、まだ早い時間だったことにホッと安堵した。今から帰ればなんとか遅れを取り戻せるだろう。構想はすでにあり、後はそれを文字に起こすだけなのだから・・
そうとなればこんな場所に長居は無用だった。俺はよろよろと立ちあがると、風呂場へと向かった。お湯を出し、先ほど触れられた手の感触ごと消し去るように石鹸を塗りたくりシャワーで洗い流してやっと桐野に乱された調子を取り戻すことができた。
それでもまだヤツの体温や手の感触が肌に残っている気がしていたが、俺は必死にそれから目をそらすと身支度を整えるのもお座なりにパソコンの入った大切なバックを掴むと部屋を後にした。
今月のノルマは後一回。次回の呼び出しまではまだ猶予が残されていた。それまでには目処もたっているだろう。俺が愛人契約から抜け出せるかは全て、この作品にかかっているのだから・・・
だから例えこんな扱いを受けて気持ちが落ちこんだとしても、今はその時じゃないのだと俺はわき目も振らずに家路に急ぐ間必死に自分に言い聞かせていた。