「・・・俺さ、最近やっとこれで良かったのかもなって思えるようになったんだよな」



描いていた輝かしい未来を奪われたと知った時は絶望した。


己の孤独をただ埋めるためだけに、新を無情に突き落とした壱哉を恨まなかったといえば嘘になる。


けれどそんな壱哉を引きつけるものが自分の内にあったのだと今ではそう思う。

無意識に壱哉を求め、孤独な彼を受け入れてしまった弱さが確かに新の中にあったのだ。



夢であの少年に会った時、新はそれを痛感させられたが、その弱さにもう一度背を向けることが新にはできなかった。


あの少年を受け入れてから、度々新は涙を流すようになった。そしてその涙を目にする度、壱哉はそっと涙を拭ってくれた。



人は感動した時に涙を流す。



新が涙を流すたび、その涙の温かさと尊さを確かめるかのように壱哉が触れるのは、涙の意味を忘れない為だろう。


そして吉岡が失われる時、壱哉ももしかしたら涙を流すことがあるかもしれない。しかしそれはまだ少しだけ先の未来だった。



背中合わせに横たわったベッドの中で孤独を抱えたまま夜を共にする度、目を閉じ夜の音にそっと耳を傾けながらそんなとりとめのないことを思い浮べる時間が新は好きになっていた。



「・・・なんだ今頃か?・・・俺はもう随分前からそう思ってたんだがな」



呆れたようにいいながらもどこか嬉しそうな響きを感じて、思わず新は壱哉の背に頬を寄せた。



「・・・・うん、そうだよな・・・あのさ・・黒崎さん」



改めて名を呼ぶと壱哉が身じろぐ気配がした。



「・・・・なんだ?」



悪魔になり絶大な力を手に入れたが、それでも手放すことのできない少年の温もりを感じたまま壱哉は耳朶をくすぐる甘さを含んだ声に耳を傾けた。



「・・・俺のこと・・離すなよ?」



――!!



そう言われた瞬間瞠目した壱哉の口元に微かな笑みが浮かんだ。態勢を入れ替えた壱哉は新の華奢な身体を抱き寄せながら言った。



「当たり前だ・・お前は俺の良心だからな」



かつて壱哉の良心になってやると言ってくれた新の姿が脳裏を過った。悪魔である以上、時にはその非道な所業がこの少年を涙させてしまったが、それでもこうして傍にいてくれた新を壱哉は愛しいと思うようになっていた。だから他に従魔の類を持とうとも思わなかったし、己の心に寄り添うのはこの少年の清い魂だけで良かったからだ。



新の涙が涸れた時、壱哉は失ったものの大きさを見せつけられることになった。愛想をつかされてしまったのだと感じた。大きな瞳に映る自分の姿を目にする度苛立ちが募った。



消失を恐れ片時も新を離すことができずに悪夢にうなされたが、それでも壱哉の中の新の魂が失われることはなかったし、飛び起きる度こちらに背を向けて穏やかな寝息をたてる新の姿に幾度なく壱哉は安堵した。



新の目から再び涙が溢れ出た時、壱哉の心は激しく掻き乱された。新に何があったかはわからなかったが、その心情になにがしかの変化があったのは確かだった。そして新の許容を知った時、壱哉の中で頑なだった魂が己のそれと融合して身に馴染み、真の意味での一心同体の存在になったのだと実感できたのだ。



「・・・・うん」



壱哉の逞しい胸に頬を寄せたまま、新は穏やかに頷いた。



「・・・俺達・・これからもずっとこうして一緒にいような?」



受け入れるまでかなりの時間がかかったし、多くのものを失ったけれど・・・

それでも幸せを探しつづけた新が辿りついた答えだった。



「・・・ああ、・・そうだな」



新がそう言ってくれた時、壱哉がこれまで抱えていた後ろめたさが消え、情念を宿した執着がもっと温かなものにとって変わるのを感じた。気付くのが遅すぎて、最早新の魂を壱哉の魂と切り離すことはできなかったけれど、それは確かに悪魔には相応しくない愛ゆえの発露だった。



「・・・・・・黒崎さん・・?・・んんっ」



壱哉の暗い淵のような双眸から一筋の涙が頬を伝いすぐに渇き消えた。

気まずさを隠すように壱哉は新の唇を奪った。目の端で新が気持ち良さそうに尻尾を揺らしているのが見え、壱哉の心を慰めた。



猫の性を持つためか新が語らずとも、耳や尻尾はその気持ちを如実に語ってくれた。嘘の得意な自分とは大違いだと苦笑しながら、壱哉は熱を帯びた新の馴染んだ身体を抱き寄せた。しかしこれまで多くの嘘を吐いてきた壱哉だったが、今新に感じるこの熱い想いに偽りはなかった。愛を語る資格はとうに失ってしまったから、口に出すことはできなかったけれど、代わりに抱きしめた新に囁いた。



「・・・俺はお前を絶対に離さない。・・・俺の命はお前と共にある。・・・それを忘れるな、新」



告げられた新の大きな双眸に映る壱哉は静かな笑みを湛えていたが、鏡面が揺らぐように清らかな涙に洗い流された。



「・・っ・・・うん。・・俺、絶対に忘れないからな・・黒崎さん・・俺さ、あんたのこと・・・」



壱哉の目を潤んだ大きな瞳で上目遣いに真っ直ぐ見つめたまま、大切な想いをそっと囁いた新の大きな猫耳を優しく撫でると穏やかに告げた。



「・・・・俺もだ・・俺もお前を・・・」

赤薔薇姫-俺下 悪魔黒崎×従魔新 一心同体主従愛

あ・い・し・て・る










研ぎ澄まされた闇の中、一心同体となった主従は、ささやかな幸せを分かち合いながら互いの温もりを抱き寄せていた。










おしまい








2012年8月