「黒崎さんはさ・・どうして吉岡さんを変えなかったの?」



あの夜から数十年の歳月が流れていた。壱哉亡き後、後継者として指名され黒崎グループ総帥になった吉岡だったが、会うたび歳相応の白い物が髪に混じるようになっていた。立場は変わっても吉岡の壱哉に対する忠誠心に一点の曇りすらなく、これからも人として生きて欲しいと壱哉が望んだからだ。



「・・・吉岡は・・あいつは俺のためだけに生きている・・だからいいんだ」



いずれ時が経てば失うかもしれない恐怖と孤独が壱哉を苛んだが、大切な吉岡までこの地獄に巻きこみたくはなかった。


新での失敗を繰り返すことが壱哉には恐ろしくてならなかった。吉岡が与えつづけてくれた信頼を、その魂の気高さを奪うことなどできなかった。



「・・・・そだな」



吉岡の生き様はまさに壱哉の言葉通りだった。揺るぎ無い信頼を寄せる相手だからこそ、壱哉も魂を奪うことを躊躇するのだろう。その扱いの差が新には妙に切なくてならなかった。



(黒崎さんがあの人、吉岡さんを変えないのは大切だからだ。俺は黒崎さんの『大切』じゃなかったからこんな姿にされちまった。そう思ったら悔しいけどさ・・・・でも後何十年か経った後、俺は黒崎さんの傍にいてやることができる。

・・俺はあの人を一人にしないって決めたんだ。・・・それが俺がこの世に存在する意味だって・・俺はそう思う)



その決意を証明するかのように新は片時も離れず壱哉の傍に居続けた。どんなに虚勢を張っても、涙にくれる弱さを秘めたもう一人の自分がいることを自覚してしまったから。そして壱哉も新が傍にいることを望み互いの欠落を埋めるために抱き合った。



もし壱哉が吉岡の魂を奪わぬならば、もう十数年もすれば地上に残されるのは自分達だけになってしまうだろう。


互いに孤独を抱えたまま寄り添いあい、壱哉の存在が消えると同時にこの偽りの生からも解放される・・・それが新の運命だった。