壱哉は夢を見ていた。夢の中で様々な人物が入れ替わり立ち代り登場した。

人としての生をこれからも送るだろう二人の男の姿が見えたが、残念ながらその顔は光りに包まれてはっきりと見ることはできなかった。



魂を奪う為壱哉は彼らと幾度なく言葉を交わした。しかし二人の魂の輝きは余りにも強くて、壱哉は彼らの魂を奪うことを断念せざるを得なかった。



父の遺志を継ぎ、魂を込めて薔薇作りをする青年、常に体の弱い息子を第一に気遣う父親・・かけがえのないものを持つ彼らの中に壱哉は自分の居場所を見出すことができなかった。



孤独だった壱哉の前に姿を現したのが、同じ孤独を背負った新だった。寂しがり屋の少年を虎視眈々と付けねらう壱夜の思惑にも気づかずに、新はいつしか壱哉に気を許すようになった。そこにつけこむ隙が生まれた。



壱哉は躊躇せず、己の闇に新を巻き込んだ。人が魂を失うということの重みを奪ったあとに思い知ることになったが、後悔する壱哉にネピリムは冷笑を浴びせかけた。奪われる苦しみ、奪う苦しみを共に背負ったまま壱哉は新を抱きつづけた。そうすれば少しだけ魂を共有できる気がしたからだった。



壱哉が悪夢に落ちていたころ、新も夢を見ていた。それは従魔になってから幾度なく繰り返し見る夢だった。



夢の中で新は誰もいない廊下に一人佇んでいた。いつも傍にいる壱哉の姿がないことに不安が込み上げながら、その姿を求めて新は歩き出した。



うっ・・うっ・・うっ・・



やがてどこからか誰かの泣き声が聞こえてきた。大きな耳で集中して集音しながら新は泣き声の主を探して長い廊下を進んだ。悲しみに彩られた瀕死の獣のようなその泣き声が新の不安を一層煽った。



見ると廊下の先のドアが僅かに開いているのか、暗い廊下に微かな明かりが漏れていた。



開けたい衝動に駆られながら、結局躊躇してしまいいつもそこで新は覚醒した。


しかしこの夜、目覚めの気配を感じながら、新は頑なに夢の世界に踏みとどまった。



(・・・・逃げちゃダメだ・・確かめねぇと・・俺、・・このままだとっ・・黒崎さんを失う気がする)



勇気を振り絞り新は何かに呼ばれるような奇妙な感覚を覚えながら、ドアをそっと開いた。



―――!!



厚いカーテンが閉ざされた闇の中、スタンドの明かりだけが光源の暗い部屋の隅にうずくまった人影が見えた。どうやら泣いているのはその人物だったらしい。



「おい・・・あんた・・大丈夫か?」



恐る々声をかけると、びくりっとその小さな肩が震えたのがわかった。どこか見覚えのあるそのシルエットを見つめたまま新はゴクリと喉を鳴らした。



「・・・・誰?・・・黒崎さん?」



闇の中から浮かび上がったのは自分だった。大きな瞳を涙で濡らし、訪れない主をひたすら待つだけの弱いもう一人の自分の姿を新は呆然と見返しながら、反射的に己の目尻に触れていた。



トクントクントクン



鼓動の高まりと同時に新はふと強い焦燥感と喪失感にみまわれた。



・・・・涙を流さなくなってどれだけの月日が流れただろうか・・?



もう二度と傷つきたくなくて、壱哉の従魔になると決意した時、弱さを捨て去った



果たしてそれが正しい決断だったのか新にはわからなくなる時があった。時折何かを確かめるかのように壱哉が顔を覗きこんできて、落胆の溜息をもらすのを聞くたびそう感じた。



涙はそれだけで人の心を動かすことのできる魔法だった。



喜びの涙、悲しみの涙・・人は様々な涙を流し感情を共有することができる。

しかし新にはそれが弱さの象徴に思えてならなかった。だから己の中から切り離し捨て去った。



だが壱哉を求め、目の前で泣くもう一人の自分は強さとは無縁らしかった。気まぐれに立ち寄る主をただ大人しく待つだけの無力な存在でしかなかった。捨て去ったはずの嫌な自分を見せつけられた新はぐっと歯を食い縛った。



「・・・おい、泣くなって・・」



しかるように言うと、ビクッと小さな肩が震え憐憫の情を誘った。



「・・・黒崎さん・・どうして俺に会いに来てくれないんだよ・・・俺のこと一人にしないって約束したじゃんか・・」



―――!!



寂しい寂しい・・一人は嫌だ・・



孤独だった昔の自分を思いだした新は拳を握り締めた。



「・・・待ってたって無駄だよ。・・あの人は来ない」



誰よりも孤独を厭い、片時も新を放そうとしない壱哉のもう一つの姿が垣間見えた気がした。他者の都合を一切省みない、冷酷で残忍な壱哉は釣った魚に餌を与えることをしばしば忘れるようだ。その犠牲となり嘆くもう一人の自分に新はそっと手を差し伸べた。



「・・・来いよ。・・・こんなとこで泣いてちゃダメだ。俺と一緒に・・あの人を、・・黒崎さんを探しに行こう?」



怯えさせないように優しく声をかけると、渇くことなど知らぬかのように溢れ出る涙を拭った自分がこくりと頷いた。


手と手が触れ合った瞬間、眩しさに包まれ新の意識は覚醒した。