注!これは『望まれた再会』の番外編で、吉岡さん、新くん、東堂さんが出てます。
東堂
「・・・結局あの子、居ついちゃったみたいですね、吉岡さん」
新をまるで猫の仔かなにかのように言う東堂の言葉に苦笑しながら吉岡は頷き返した。
吉岡
「・・ええ、まあ」
(・・・・ふうん)
どことなく歯切れの悪そうな吉岡の様子に内心苦笑しながら、黒崎壱哉のあの無情な双眸を思い出した東堂はゾクリと身を震わせた。久し振りに楽しめそうな相手に出会ったと思った途端、あっさりと袖にされてしまった東堂の脳裏に黒崎家の廊下で見かけた、こちらに背を向けて卑屈そうに自分を睨みつけた貧相な少年の姿が浮かんだ。
(・・・この僕があんなお子様に完敗するなんてね)
まさか、あの時は一晩で壱哉が心変わりするとは思いもしなかった。呼び出しの電話が来るのを確信して一晩中待ちぼうけをくわされた東堂は悩ましげな溜息をもらした。壱哉のあの溺愛ぶりでは今後もお呼びがかかることすらないだろう。
東堂
「・・はあ、あの人のキス最高だったのに・・残念」
吉岡
「・・・・・・・」(殺気)
(あ~あこの人本当に分かり易い。『吉岡』なんて僕好みの名前だし・・・ちょっと味見してみたいかも)
吉岡の無言の威圧に肩をすくめながら、真っ黒な腹の中でこの堅物を攻略するのも楽しそうだと不謹慎な妄想を一通り思い浮べて楽しんでみたものの、腹心を寝取り壱哉の逆鱗に触れればどうなるか素早く計算した東堂は、躊躇なく怜悧な弁護士の仮面をつけ直した。
(うっ・・・あの人敵に回すとかホント、シャレにならないかな)
東堂
「・・失礼。これでも私は公私混同しない主義なんでね。黒崎グループの顧問弁護士として恥じない仕事をさせてもらいます」
ビジネスライクに徹することにしたらしい東堂を見送った吉岡は溜息をついた。
それにしても・・・まさか壱哉が新と同居することになるとは思ってもみなかった。
そんな吉岡の脳裏に壱哉の奇行がよぎった。
新企画と書かれた書類を見てはため息をつき、旅行雑誌で岩清水×××が掲載されているページを見ては溜息をつく。
本人自覚がない分かなりの重症だった。そんな壱哉を心配していた吉岡の元にあの少年から連絡が入ったのだ。
『俺、もう一度だけ・・・黒崎さんに会いたいんです・・会わせてもらえませんか?・・・お願いします!吉岡さん。俺・・こんなこと頼めるの・・・もう吉岡さんしかいないんだっ』
必死な様子で壱哉に会いたいのだと新は言った。
『・・・壱哉様に会って・・あなたはどうしたいのですか?清水さん』
二人が会えばどうなるか・・吉岡には容易に予測がついた。無意識に新を求めていた壱哉がこの少年を抱くだろうということも・・・だからこそ少年が壱哉を拒むのであれば会わせるわけにはいかなかった。会わなければ、いずれ壱哉も忘れるだろう。
『・・・・俺は・・あの人が・・・黒崎さんが好きだ』
――!!
熱を孕んだ少年の真っ直ぐな言葉が吉岡の胸を貫いた。
『・・・私が壱哉様とあなたを会わせて差し上げられるのは一度だけです。会えばどうなるかわかりますよね?清水さん、あなたにその覚悟がありますか?』
―――抱かれる覚悟があるのですか!?
肉体を伴わないプラトニックな恋など、壱哉は恐らく求めないだろう。だから確かめねばならなかった。
『俺に・・・チャンスをください、吉岡さん』
新はただそう言った。
少年の気持ちはともかく、会ってやり残したことさえ済ませば壱哉も気がすむのではないかと思った。それが例え一夜限りの恋に発展したとしても構わなかった。
けれどそれは一夜で終わることなく、新たな恋の始まりとなった。もし街を出た直後、あの少年が壱哉を追いかけてきたならばやはり一夜だけの関係で終わったのだと思う。壱哉は己の人生から逃げだす者など歯牙にかけないからだ。しかしあの少年は自らの戦いに勝ち己が手で勝利を掴み堂々と壱哉に会いに来た。
誤算といえばそうなのかもしれなかったが、新を愛することで心の平安を得た壱哉の姿を目にする度これで良かったのだと吉岡は思うことにしたのだ。時には情け容赦なく執念深く振舞うこともある壱哉だったが、一度懐に入れた者に対しては情深く安易に突放すことはせず、むしろとことん大事にする男だから、壱哉の信頼を勝ち得た新とは今後も長い付き合いになる予感があったが、吉岡はさほど憂慮していなかった。
「壱哉様・・あなたが清水新を望むならば私はそれでも構わない。これからも私にできうる限りであなたの命に応えたい。・・・私はあなたの秘書なのですから。・・・ですからこれからもあなたのお傍に、私がいることをお許し下さい・・・壱哉様」
公私の区別なく壱哉を補佐してすぐ傍で見守ることが己に課せられた役割であったし、それが心から欲する望みであった。そしてこれからも壱哉の選択を疑わず、その全てを受け入れる・・・忠義に徹する覚悟を決めた、それが吉岡啓一郎という男の壮絶な生き様だった。
おしまい
2012年8月