「・・・・あ、・・・うん。・・俺、黒崎さんにお願いがあって」
――?
自分の立場を考えれば、何がしかの便宜をはかって欲しいのだと考えた方が理屈にはあったが、それらは全て新らしくなかった。だから新の言うお願いがどんな類のものかと訝しく思いながら、壱哉は先を促がした。
「・・・あのさ。・・・あの、俺が風邪ひいて寝こんでた時さ・・・俺のこと助けてくれたの・・・あんただろう?」
―――!!
新に問われ、壱哉の心の片隅に埋もれていた記憶の断片がよみがえったが、今更なぜそれを新が持ち出すのかが壱哉には理解できなかった。気まぐれに顔を見に立ち寄った自宅で寝こんでいた新を発見した壱哉が、虚勢がはがれ頼りない等身大の新の姿を目にして、思わず施したささやかな善行に過ぎなかった。
「・・・そんなこともあったかな」
あえて否定せず、壱哉はどこか思い詰めた面持ちの新の様子を注意深く伺った。
覚えていたとは感心だったが、多少の気まずさもあった。全てを奪おうと思っていたのに奪えたのが唇だけだったとは我ながらお笑い種でしかなかったからだ。
「・・・っ・・・どうしてあの時俺にキスしたんだよ?」
新があれをキスと称したのが意外だったが、壱哉は冷静に訂正した。
「・・・覚えているならわかるだろう?・・俺はお前に水を飲ませただけだ」
それだけではないという己の心の内を知りながらも壱哉はそう言いきった。
しかし新には不満だったらしく、ムッと眉をしかめた。
「・・・・・・・・・」
そのまま黙り込んでしまった新に業を煮やした壱哉はとりあえず謝罪することにした。
「・・・・・理由はどうあれお前が不快な思いをしたなら謝る。・・・すまなかったな」
壱哉にとってはたかがキス一つだったが、恐らく初めてだった新には流せないことなのかもしれなかった。
「・・・・別に・・謝ってほしいわけじゃね~し」
より傷ついた顔になった新が理解できず、壱哉は面倒はごめんだとばかりに尋ねた。
「ならどうすればお前は気が済むんだ?言ってみろ」
壱哉に正面切って問われた新は覚悟を決めるしか道は残されていなかった。
「・・・あのさっ・一度でいいんだ。・・俺のこと、・・・抱いてくれよ」
―――!!!
頬を上気させ目の端を潤ませた新の顔を壱哉は唖然と見返した。
まさかそうくるとは思ってもみなかった。今度は壱哉が動揺する番だった。
「なにを馬鹿なことを言ってるんだ。お前、自分の言ってることがわかってるのか?」
子供だと決めつけていた新の口からまさかそんな懇願が出るとは露も思わなかった壱哉の動揺は大きかった。しかし新も引くつもりはないらしく、頑なに言い張った。
「・・一度だけ・・・一度だけでいいからさっ」
壱哉は困惑した。新の前では気取られないように細心の注意を払い慎重に振舞っていた。だから勘の良い東堂のような男ならいざ知らず、口移しで水を飲ませたくらいで自分の性癖が露見したとは考えられなかった。当時、特別な交際相手は確認できなかったとはいえ、詳細な身身辺調査と直に会った感触で新が異性愛者だという確信が壱哉にはあったからより納得できなかった。