「・・・そうか、良く来てくれたな・・・俺も、もう一度お前に会いたかったぞ?新・・」
それが新への未練を断ち切ることのできなかった壱哉の本心だった。こちらから会いに行こうとは思わなかっただろうが、もし成功を掴んだ新が向こうから会いにくるのであれば、会ってみたいと思っていた。
会いたかったと言った瞬間、新の大きな双眸が揺らぎ、小さな肩がぴくりと震えたのがわかった。
「・・・・ホントか?」
覚えていてもらえただけでも幸運なのにまさかそんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかった新には俄かには信じられないことではあったが、見つめ返した壱哉の双眸に偽りは感じられなかったことが嬉しかった。
「・・・ああ。俺の愛車をボコッたヤツを忘れろって方が無理だろう?」
非難は込めず冗談混じりに言えば、新もやっと気まずげにではあったが笑みを浮かべた。
「それ言われると返す言葉がねぇよ。しかも黒崎さん、俺ちゃんと働いて返すって約束したのに・・・借金チャラにしちゃうしさ・・・俺、なんかますますあんたに頭上がんないよ・・」
後腐れを無くすため、あの街で起きたことは全て清算しようとの判断で決めたことに後悔はなかった。
「・・・もうそのことは気にしなくていい。・・・お前は自分の将来の道を定めたのだろう?そのことだけを考えればいい」
だからもう自分に関わる必要はないのだと言外に含ませた。
この少年を毒牙にかけることを躊躇い、結局身を引いたあの時の自分の決断は正しかったのだと今でもそう思う。
こうして未来を見据え輝いている少年を前にすると飛翔するための翼をもがなくて良かったのだと一層その思いは募った。
それなのにこうして瑞々しい新の姿を前にすると、性懲りもなく後ろ髪を引かれるような心地がするのは己が背負った罪深き業のなせるわざなのだろうか。
これまで狙った獲物を逃したことがないからなのかもしれないが・・・
(・・・・そういえばヤツも・・東堂もか?)
先ほど逃した魚はなかなかの上物だったことを思い出した壱哉は内心溜息をついた。勘の良い男だけにやっかいだった。
東堂は相手が同類か嗅ぎ分ける嗅覚に優れた言わば同好の士とも言うべき男だった。壱哉が彼に関心があることも言葉少なに交わしただけで見極めていたし、相手が何を望んでいるのかも・・・先ほど壱哉の見せた沈黙だけで見抜いたに違いなかった。
(まあ引き際を心得た頭の良いヤツだから、雇い主の俺に噛みつくことはないと思うが・・)
自らの不利になるようであればその時は手段を選ばず黙らせるだけだとほくそ笑む壱哉の耳に、微かな興奮を孕んだ新の呟きが聞こえてきた。
「俺の将来か・・あ、そう言えばさっき廊下ですれ違った人弁護士だったよな。・・・はあ~カッコイイぜ・・・やっぱ憧れるよなあ」
内実を知らない純な少年の言葉に壱哉は密かに苦笑をもらした。外面だけは立派だが東堂は公明正大とは程遠い男だった。黒を白にできる男だからこそ吉岡に調査させ引き抜かせたわけだが、新が目指しているのはその真逆の存在だった。
『言っとくけど俺は悪徳弁護士になるつもりね~から』
現実をまだまだ知らない少年の言葉を否定するつもりはなかった。いずれその壁に気づく時がくるかもしれないが、壱哉は新が新らしくあればそれでいいと思いながら口を開いた。
「・・・ところで今日はなぜ俺に会いにきたんだ、新?」
街を去る時、未練はあったが新にはあえて別れを告げなかった。
そのことを名残惜しく思いながらも壱哉には感傷に浸っている暇はなかったし、借金についてはすでに終わった話だったからそのことでわざわざ会いに来るとも思えなかった。進学についてはいわずもがなだ。大学に合格したのは新本人の努力の賜物であったし、西條グループと黒崎グループの密接な関係について新が知るはずも無かったが、奨学金に関して手を打ったのは吉岡の独断によるものだった。そうなってくるとただ懐かしさだけで新が自分にわざわざ会いに来るとも思えず、壱哉は困惑した。