「ああ、圭・・すまないがそこのバスローブを取ってくれるかな・・?」
そう言うと、頬を染めた仙道が私の裸からさりげなく目線をそらしながらスッと洗いたてのバスローブを差し出した。
(おやおや照れているのかい?・・随分初心な反応をするものだ・・)
と内心愉快な気持ちになっていた私だが、考えてみれば仙道を抱く時は、私自身は常に服を身につけたままだったことを思い出した。
(そうか・・圭が私の裸を見たのはこれが初めてなのか・・・)
私が命じれば、どんな大胆な奉仕でもするが、基本的に純朴な男なのだろう・・仙道圭という男は。鴨川には一種の同族嫌悪のようなものを感じていたが、仙道にはもっと私を穏やかにさせる空気感のようなものがあった。
仙道の視線に晒されたまま、なんの躊躇もなく湯から上がった私の裸体は湯気に覆い隠され、仙道に恭しく手渡されたバスローブで素肌を隠すように羽織りながらバスルームを後にした。
「・・あ、漣様・・御髪を乾かしますから・・この圭にお任せを・・」
そう言いながら仙道が追いかけてくる気配に、私の口元は自然と綻んだ。
洗面所でまず目に付く嵌めこみ式の大鏡の前に立つ私の髪を、背後に立った仙道が手にしたドライヤーで丁寧に乾かしてくれた。普段自分でする時は、大雑把にタオルドライした後、そのまま自然乾燥するのが常だったが、たまにはこういうのも悪くないものだと思った。なんだかひどく甘やかされるのが心地良かった。
私は弱くなったのだろうか・・?
ふとそう思った。人肌の温もりを知り、人恋しさを知った私は・・もう前の私とは違う気がして・・
不安に押し流されそうになった時、気づいたらドライヤーの音は消え私は背後から仙道に抱きしめられていた。
「・・・・圭?」
シャンプーの香りが立ち昇る髪を掻き分け、剥き出しになった項に仙道の唇の感触を感じて、私は震えた。
・・・身も心も・・・
「・・・すみません、漣様・・少しだけこのままで・・」
仙道の熱い吐息、腕の温もり・・その全てを私はこんなにも欲していて・・
(・・・圭・・君も私と同じ想いを抱いているのだろうか・・?それとも・・)
ただの欲望なのか・・確かめる事が躊躇われた。その代わり、私は仙道の胸に身をもたせ掛けたまま彼の気のすむまでジッとしていた。
「・・・取り乱してしまってすみません・・漣様」
しばらく後、おずおずと身を離した仙道が羞恥で頬を染めたままそう謝罪した。
私は気にしないように、との親愛の情を込めて彼の肩に手を置いた。熱気に当てられたのは仙道だけではなかったのだから・・
廊下へのドアを開くと、新鮮な空気を吸いこみながら私はなんでもないように肩をすくめてみせた。
「気にすることはない・・それより、とても気持ち良かったよ。・・・また気が向いた時にでもお願いしてもいいかな?」
仙道の返事を聞く前に、ゴツンと派手な音が聞こえてきた。反射的に同時に音がした方を見ると、蒼褪めた顔の鴨川が廊下に立ち竦み手をわななかせながらこちらを凝視していた。
その足元には彼が買って来たらしい、ビールの缶がいくつか転がっていた。
(・・・フローリングが傷ついてないといいが・・それにしても鴨川君は一体どうしたのだろう・・?)
そんなことを考えていると、鴨川が妙に思い詰めたような押し殺した声で言った。
「・・・気持ち良かったって・・・どういうことですか!!?漣様!!?・・仙道君となにか・・」
その言葉でピンときた。事実とは少し違うが、これまで仙道と何もなかったわけではない。しかし詮索されるのは不快だったし、邪魔立てはされたくなかった。
仙道を見ると、彼もまた些か困惑しているようだったが、私の裁量に任せるかのように黙っていた。
「落ちつきたまえ、鴨川君。・・一体どうしたというんだ?・・私はただ彼に背中を流してもらっただけだよ。・・・そうだろう仙道君?」
話しを振ると、仙道は若干躊躇いながらも、「その通りです」と頷くと鴨川を安心させるように応えた。
「阿久津様がお疲れのご様子だったので、執事としてお背中をお流ししただけです」
そう言えば、皆がいる場所で私を呼ぶときは阿久津様と呼ぶ事になっていたのだったな、と少しこそばゆく思いながら私は鴨川の様子を伺った。なにせこの鴨川という男は、自他ともに認める私の熱狂的なファンで、非常に思いこみの激しい人物だった。有能な編集者として私の作品を理解してくれるのはありがたかったが、寵愛を一人占めにしようとでもいうように私に近付く者を必要以上に遠ざけようとする困った性癖があった。これまで鴨川は何故だか私と周防兄弟の仲を疑ってかかっていたようだったが、その恐るべき嗅覚で仙道のことをかぎ当てられはしないか、注意を払っていたのだが・・
「・・・先生!!水臭いですよ!!命じてくださればお背中どころか身体の隅々までこの鴨川めがいくらでもお流ししますよ!!」
その瞬間、廊下の空気が凍りついた。
「・・・うっ・・いや・・遠慮しておくよ・・鴨川君」
「・・鴨川さん。あなたって人は・・・」
私と圭が、妙に眼をぎらつかせ不穏なオーラを発している鴨川君の異様な気迫に押され、絶句したのは言うまでもなかった。
おしまい
2012年7月