その気配に反射的に振りかえった彼の視線が鳥居の持つバッグの中から漏れる僅かな畏れの気配を感じ取った。



「そのバッグの中に何か・・・」



探るような黒田坊の独白を耳にした鳥居は、本来の目的を思いだすと慌てた様子でバッグの中から可愛らしくラッピングされたチョコレートを取り出し、おずおずと黒田坊へと差し出した。



「・・・こんな時だけど・・これ・・受け取ってください」



悩みに悩んだ末買ったものだった。高級そうなのに中学生のお小遣いでも手の届く、手ごろな値段に飛びついた。

勇気を出して渡したチョコレートを受け取った黒田坊が暗い面持ちでうめくように呟いた。



「・・・・これは」



このチョコレートがどうかしたのだろうか?



吐き気を催すほどの禍禍しい畏れを纏っていたが、見えない鳥居は不思議そうに黒田坊を見つめた。



「・・・どうやらソレが原因らしいね」



すると黒田坊の肩越しに覗き込んだ柳田が皮肉げに言った。



「・・・え?」



柳田の指摘に軽く反発を感じながらも、自分が用意したチョコレートが原因かもしれないと思うと、居たたまれなくて消沈する鳥居に黒田坊が優しく微笑みかけてくれた。



「・・・大丈夫だ。・・君のことは必ず拙僧が守るから」



こんな時だと言うのに、その眩しい笑顔に胸がきゅんっとなる鳥居。

すると対向するかのように思わせぶりな笑みを湛えた柳田が、黒田坊にしなだれかかった。



「ボクのことは守ってくれないの哉?」



その瞬間、ぴくりと身を震わせた黒田坊が微かに頬を朱に染めた。女の第六感でなんとなくいかがわしい空気を感じ取った鳥居は微かに眉をしかめた。



(・・なに?・・この雰囲気。・・この二人ってもしかして・・)



「・・・気安く触るな、柳田」



しかし鳥居の物思いは、静かな怒気を孕んだ黒田坊の言葉に遮られる事となった。



「・・・つれないね」



気にした風でもなくあっさりと身を引いた柳田は、気を取り直したように口を開いた。



「・・・それで?この状況、どうするつもりなの哉」



その声に応えるように地の底から響いてくるような声が空間に響き渡った。



チョコ・・ヲ・・・クエ~

あのチョコレート受け取ってください・・

アノヒトハ本命チョコレート・・・アイツは義理~~



空間を満たすのは怨念の篭った女達の情念だった。片想いの苦しみが凝り固まり形のない妖怪となったものらしい。



チョコ・・ヲ・・・クエ~

アオ・アカ・キ・・スキナイロノチョコヲクエ~



声に促がされるように黒田坊は細長い小さな包みを開いた。箱を開け覗きこむと、確かに3色のチョコレートが並んでいた。

青が修羅、赤が餓鬼、そして黄が畜生・・まるで地獄の三原色のようだと黒田坊は微かに眉を寄せた。



ジョウジュシナイトデラレナイ~

イヤナラココデノタレジネ~



気は進まなかったが、どうやらこの声の言うとおりにチョコレートを食さねばこの場所から解放されないらしい。



「・・どうやら食うしかないようだ」



覚悟を決めた黒田坊の言葉に、鳥居はごくりと生唾を飲み込んだ。これまで幾つもの怪異をくぐり抜けた自負はあった。

ここで臆しては女がすたるというものだ。



なんとなく顔を見合わせた三人は、迷わずチョコに手を伸ばした。自分の意志というより、無意識に導かれた結果だった。チョコが脈動し明滅して見えて、各々に相応しいチョコレートしか目に映らなかったのだ。



「修羅・・か、拙僧に相応しい」



かつて悪鬼のように修羅に身をやつしていた黒田坊は青いチョコレートに手を伸ばした。柳田が先にチョコを口にするのをさりげなく横目で確認した黒田坊は、忘れ去った官能を呼び起こすようにねっとりと唇を舐める柳田から目をそらすと、一口に放りこみ味わうことなく噛み砕いた。



「・・・ふふ・・畜生だなんて・・なんの皮肉哉」



一方、柳田は男と交わる犬畜生以下の自分への皮肉を込め、薄ら笑いを浮かべたままチョコを口に含むと紅唇を赤い舌でちろりと舐めた。



「・・餓鬼ってなんか複雑」



お子様の自分を自覚しながら、しぶしぶといった面持ちで鳥居は赤いチョコレートを恐る恐る口に運んだ。



「あドキドキおいし~い・・・んっ・・あっ・・・」



噛んだ途端トロリとした濃厚な洋酒の味が口一杯に広がった直後、くらりと強烈な眩暈を感じた鳥居の身体が傾いだ。