こんばんは。

 

 

『自分』のことは

『自分』がいちばんよくわかっているようで

本当はわかっていないのかもしれませんね。

 

 

ある程度年齢を重ねると

「自分はだいたいこんなものだろう」とか

「あれは得意でこっちは苦手だ」みたいなアイデンティティが出来上がっていくけど

 

果たしてそれは真の自分の姿なのかしら。

 

 

実は

思い込みからつくられた虚像

なのかもしれない。

 

 

人の能力の可能性は

生まれながらにして決まっているものではない

と思います。

 

 

でもきっと

能力を存分に発揮できている人って少ないんじゃないかと思う。

 

潜在的な能力に自分でフタをしているというか。

 



わたしも

どういうわけか

「自分は一番になる人間ではない」

とか

「目立つような恰好や行動をしてはいけない」

みたいな思い込みにとらわれてきて

 

地味にあるべき、とか

ほどほどがいいんだ、とか


そういう生き方をしてきてしまった。

 


だから

ものすごく高い目標に向かってがむしゃらに頑張る!みたいな経験があんまりない。

 

 


でもでも

よくよく考えると

どうして自分でそんなふうな上限設定をしちゃったんだろうね。



「自分にはできるはずがない」

という思い込みが常にはりついていて


そういうフィルターでしか

自分を動かせなくなっていたんだと思う。



『思い込み』ってコワイですね。



行動に影響を与えてしまうんだから。




でも、それに気づいたら

『思い込み』を逆に利用しちゃうこともできるわけですよ。



今まで

「自分は××な人間なんだ」と思っていたなら


「自分は○○な人間だ」に変えちゃえばいいんですよね。



そうしたら行動も変わって

××だった人が○○になって


だんだん

『自分=○○』

になっていく。



『自分』って

『自分』の好きなような変えられるんですよ。