昔話を今に:初めてのグラチャンレース | モータージャーナリスト・中村コージンのネタ帳

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1971年4月25日。後にグラチャンシリーズと呼ばれるようになるレースが初めて開催された。その名も富士300kmレース。果たして当時からグラチャンと呼ばれていたかどうかは判然とはしないのだが、とにかくこれが記念すべきレースだった。ニッサン、トヨタといったワークスマシンが姿を消したものの、代わりに出場したのは日本カンナムなどを走ったローラやマクラーレンなどの大型のオープン2シーターに加え、やはり日本グランプリ以後日本に棲息することになったポルシェの数々、それにベルコを筆頭とした和製オープン2シーター。そしてフェアレディZなどのスポーツカーが入り混じって走る、言わばルマンのような出場車構成であった。

●ペースカーの横っ腹にちゃんと富士300kmレースと書かれている

 

70年に自動車の免許を取得していたから、恐らくこの時はマイカーで行ったのではないかと推測するが、記憶はない。因みに写真の中に高校時代の友人が写っているから、友人らとともに出かけたのは間違いない。さすがにレース観戦はスタンドやコーナーで。しかしレース終了後に例によってパドックに入り込んだ。

●これは酒井選手のマクラーレンM12

●こちらは鮒子田選手のマクラーレンM12。M6Bを改造したものという話もある。

 

●こちらが優勝の田中選手のローラT160。後方にコントロールタワーが写っているということはコース上。レース後だ。

●同じく田中選手のローラ

 

そこで目にしたのがローラ、マクラーレンと言ったビッグマシンの姿だった。あれからもう50年がたって、いまだにスロットカーでこのビッグマシンを走らせるのが無上の喜びなのは、まさにこの時の刷り込みなのではないかと思う。

レース結果は便利なネットを紐解いてみると田中健次郎がドライブするローラT160が勝っている。シボレーのV8エンジンを搭載するこの手のマシンはちゃんとしたメンテナンスが当時は出来なかったからか、なかなか最後までマシンが持つことが少なかったが、この時は見事に勝っていた。やはり老練な田中健次郎の腕と技によるものだったのだろうか。他にこのレースには風戸裕のポルシェ908や、酒井正、鮒子田寛のマクラーレンなども参戦していたが、いずれもゴールに辿り着くことはなかった。

 

●これは川口選手のポルシェ910。グランプリで生沢選手が乗ったマシンだと思うのだが…

 

それにしてもスタート前のグリッドは先頭こそマクラーレン、それに風戸のポルシェが並んでいるのは当然として何と2列目にはフェアレディが、田中健次郎のローラの隣にいるのにビックリである。

 

●2列目右側にフェアレディがいる。隣は田中選手のローラだ。

 

●スタート直後。田中ローラの後ろは津々見選手のベルコ72D。

 

果たしてこの時出会ったか定かではないのだが、津々見さんと初めて遭遇した時の写真も載せておこう。まさかその後、ご一緒に仕事ができるなんて思ってもみなかった。

●グランドスタンドに上がって来た津々見さん。めちゃカッコよかった。