肉体の進化。

それは環境への適合と

種の保存。

 

人間はナニに適合というか

適応する為にこの体になったのか?

 

それは物理的な供給の

限界へ向かうプロセス。

 

素晴らしい進化だ。

私たちの中のどの遺伝子が

この未来を予想し

 

この形にしたのか

非常に興味深い。

 

最高の考題だ。

 

地球資源が不足し始めている

人類の歴史からすれば非常に近い未来に

供給不足に陥る

 

最初は金と権力が解決するだろう

それの無いものが、間引かれる。

 

が、それも一時の歴史となり

残り時間の延長をするだけのものだろう

 

進化が追いつくまでの・・・・


 

我々が知恵を得たのは

つまり生物としての肉体的進化における

種の保存の限界を意味している

 

そうでなければ

考える事ができるようになる

必要など無いからだ。

 

肉体のその先は

思考のみで生きてゆけ。

 

そう、遺伝子に告げられている私たち

とてつもなくすばらしいプログラムだ

すごい。感動した。


 

それと同時に、悟らなければならない。

人間以外の種と人間は決定的に違うものがある

 

それは「生」の定義。

 

人間以外の種は肉体の活動の継続を「生」と

定義する。 

それは循環を指す。

 

人間は意思の継続を「生」と

定義する。

それは膨張を指す。

 

循環期から膨張期へ

 

その後の世界がどうなるのか・・・

また、思考の空白で考えてみようと思う。

 

生きるのは簡単だが

生活するのは難しいし面倒くさい

 

生きている事を実感させる為のシステム

誰にでもわかりやすいように底辺にあわせて

作られている。

 

言っても仕方が無いが

生活を免除する

 

悟りの検定でも開いて欲しいものだ。


 

私が合格するか?・・は

別にしてねw

 



最近、自分の思考速度が

ピークに向かっているように感じている

 

今更?

と言う感じがしないでもないが


記憶力や、計算力の

衰えを感じながら

 

研ぎ澄まされていく

想像力。

 

想像力??

 

まぁ。一番近いだろう言葉

なんせ、私は知ら無すぎる

勉強不足。

 

でも、馬鹿じゃない。

単細胞ではある。

 

子供の頃からおしゃべりだった。

何故か、喋らなければいけないような

強迫観念にとらわれていた

 

今にして思えば

その脅迫感は

 

すべて、他者から流れ込んでくる

感情に起因していた

 

つまり、そのときから

人の思考をトレースするような

分析を繰り返していたのだろう

 

そこに、若さゆえなのだろうか?

本能なのか、、、

 

まぁ選択肢にもなっていないような疑問だが

他者から良く思われた良い意思が働き

喋ってた。

 

サービス精神ともいえるのかな?

サービスが自分の為では

 

なんともはや・・という感じだ。

 

しかし、気になる点がひとつ

何故、私や一部の人間がそうなるのか?

 

他者の事など捨て置く他人も多い。

 

環境に起因すると

誰かが言っていたが

それでは納得できなかった

 

しばらく考えて出た結論は

速さ。

 

頭の回転?

なんとなくこの言葉に違和感をいつも感じるが

私のボキャブラリーではこの辺が妥当なのでつかう。

 

多分、回転が遅い場合

他者をトレースする思考を起動させるだけの

容量を使えない。

よって、結果に向かうだけ

 

回転が速い場合

自身の思考と周辺事象を同時に分析する程度

の容量を備える。

よって、予想される幾つかの結果の中で

より良いものに向かい修正しながら進む

 

度を越して速い場合。

自身の思考と周辺事象と結果を、選択肢別にシミュレーションする容量。

よって、発動しない。または周辺事象への接触をしない。

 

うん。こんなところかな・・。

 

 

この思考回路の大別は

人生におけるすべての行動の基礎になっているだろう

 

思考速度、容量によって

性格が決まるなら

 

変化に乏しいのもうなづける。

変わりたいと願う人は

 

思考速度を変化させる事に努力するとよい。

 


空白の時間に

廻らせる思考は

 

常に同じ

 

この空白を埋め立てる

思考の糸口を探している

 

何故空白を埋めたいと願うのか?

 

私は思考の空白を

どうやら恐れている。

 

思考の停止は

もっともリアルに

 

死に触れる

瞬間だからかもしれない

 

怖いのは

死ではなく

 

死に向かう生

 

肉体的な死亡の向こうに

思考の停止が在るのか?

 

その前か?

同時か?

 

それとも停止しないのか?

 

それは肉体のどの部分が

思考フィールドを反映しているかによる。

 

一般的に言って

脳だろう

 

異論も無い。

 

しかしそのフィールドそのものが

何処に拡がっているかというと

 

それが必ずしも脳内であるとは

思わない。

 

脳死についての思考が

過ぎった・・・。

 

思考の停止を

死と定義すると

死んでいる

 

生きながら

死んでいる

 

なんとも人間らしい。

 

そしてもし

脳内に思考した

痕跡とも言うべき

フィールドが

拡がっているのなら

 

そこに意思は無い

 

つまり生き返ることは無い。

 

けれど、そのフィールドは

何処か別の場所にあり

 

脳の停止によって

肉体とのつながりこそ絶たれているが

 

意思はそこに存在していると仮定すれば

生き返ることもありえる

 

ドアが壊れているだけなのだ。

可能性はゼロじゃない。

 

ただ、意思がこちら側に残っているのか?

向こう側に行ってしまっているのか?

 

そんな疑問は残る

 

考え抜くほどのものでもないな

 

 

脳はドア。

 

そう考えると面白い。