ある山奥に、「クロ」という名前の黒い犬がいました。

 

 クロの住む山は、一年中雪に囲まれて、クロ以外は一面真っ白。クロの住む大きな木の根の穴には不思議なお皿があり、クロは毎日お腹が空くと、その お皿の前に行きます。そして「お腹が空いたよぅ」と、心をこめて「ワンっ」とひと吠えすると。そこに、ごちそうが出てくるのです。


 クロは一人ぼっちでしたが、その不思議なお皿のおかげで、ご飯に困ることなく暮らしていました。でも、いつも一人ぼっちだったので、ちょっぴり淋しいと思っていました。


 クロは、朝起きると、空を見ます。クロは一度だけ、空を飛ぶ動くものを見たのです。それ以来、毎日できる限り空を見て過ごします。その空も、真っ白――。


 お昼には、少し歩いたところにある、ピカピカの氷の張った、池に行きます。ここでは、池の氷の上にのって、下ばかり見ています。その空は、白の中に、黒い物が映っていて、上にある空とは少し違って見えます。


 夕方になると、少し歩いて丘へ行きます。ここに来て、前を見ると、空は灰色です。でも後ろを見ると、朝と同じ真っ白な空があります。ここも少し違っていて、クロは好きです。


 夜になると、木の根の家へ戻ります。すっかりお腹がすいているので、不思議なお皿でご飯を食べます。ご飯は一日一回。ご飯を食べると、眠たくなってしまうので、眠ってしまいます。そして、また、朝が来ると空を見るのです。


 そんなある日、いつものように空を見て、ご飯を食べ終えたあと、お腹いっぱいになったのですが、どうも眠くありません。上を向いても横になって も、切り株に頭を突っ込んでも壁に足をかけても眠れません。仕方がないので、今は真夜中ですが、朝と同じように空を見に行くことにしました。


 木の根の家を出て、空が丸く見える真っ白な森の広場へ行くと、空は全部灰色になっていました。なんだか怖いくらいです。クロはあまり見慣れない空に、いつもとは違う気持ちになりましたが、それでもそのうち慣れてしまって、ぼぅっと空を見続けていました。


 すると、一瞬何かが、空を横切りました。クロは、びっくりしてそれを眼で追いました。急いで、その何かの行方を追いましたが、なかなか見つかりま せん。クロは、あきらめずに、いつもの凍った池まで走ります。そこでまた、空を見ると、何かが丘の向こうへと飛んで行きました。


 クロはもう夢中になって、その動くものを追って丘へ行きました。すると、丘の向こうの空をぐるぐると、何かが飛んでいました。クロは夢中になって 大きな声で吠えました。すると、それは、こちらに向かって飛んできて、今にもクロにぶつかりそうになって、また空へ。今度は真上から、くるくるとまわりな がら、こちらへ近づいてきます。


 クロはもう、どきどきしながら、どんどんと近づいてくる白でも黒でも灰色でも無いそれを見つめていました。


 やがて、空から来たものは、ゆっくりと目の前に止まりました。そこには、白いふちのある服を着た男の子がのっていました。クロは「その服の色は、何色だろう?」と思いました。すると男の子は「黄色だよ」と答えてくれました。


 クロはその、白でもなく、黒でもなく、灰色でもない、黄色という色を「とてもきれい」だと思いました。すると男の子は「ありがとう!」とクロに言いました。


 クロは、「ありがとう」の意味が、良くわかりませんでしたが、男の子の顔を見ていたらなんだか、ウキウキしてあったかい気持ちになったので、元気よく一度だけ「わんっ」と吠えました。


 そのあと、男の子はいろいろな話をクロにしました。自分がサンタクロースの見習いであること。自分の乗ってきたものは「そり」という名前の乗り物 で、それを飛ばす練習に、この山へ来たこと。一人前のサンタクロースは、赤という、もっときれいな色の服を着ていること。クロは男の子の話が、面白くて夢 中になって聞いていました。すると、そのうちに空が半分だけ白くなってきました。男の子はそれを見ると、急に慌てだして「じゃあ、また来るね」と言ってそ りに駆け込み飛び立ちました。


 クロは「じゃあ」の意味も「また来るね」の意味もよくわかりませんでしたが、灰色の空に浮かんだ、きれいな黄色を、見えなくなるまで見つめていました・・・。



 

 次の日から、クロは、ピカピカの氷の張った池へ行くのをやめて、お昼寝をすることにしました。ご飯を食べていなくても、眠れるか心配でしたが、切り株に頭を突っ込むと、眼を開けていても、閉じてるみたいで、すぐに眠れました。


 空が灰色と白と2色になる頃、クロは男の子と会った丘へ行きます。あの日から毎日ここへ来ています。そうして数えて三日目。空飛ぶそりが、また、現れました。今度は、そりに乗った男の子が手を振ってこちらへ向かってきます。クロはとっさに身をかがめました。


 目の前まで来て、ゆっくりとそりを止めた男の子は「どうしてそんなに小さくなってるの?」と、言ったので「ぶつからないようにだよ」と答えまし た。すると男の子は両方の手のひらを上に向けて、首を傾けて、何かを受けとめるような仕草をしました。でも、何も落ちてきはしませんでした。


 今夜は、クロがたくさん質問をしました。山の向こうのこと、サンタクロースのこと、黄色以外の色のこと、男の子は、クロの質問に、ニコニコしなが ら、優しく答えてくれました。そうして、お話をしているうちに、また、空が2色になってきました。男の子は「もう行かなくちゃ」と言って、立ち上がり、そ りに乗り込みました。クロは「まだ、お話したい」と思いました。男の子は「大丈夫、また来るから」と言って、飛び去ってしまいました。


 

 クロは、飛び去る男の子をじっと見ながら、どうして男の子が飛び去ってしまうのかがわからなくて、胸が苦しくなりました。



 次の日から、起きている間はずっと、この丘にいることにしました。この丘以外のところにいると、なんだか胸が苦しくて、辛いからです。不思議なお 皿のごちそうも、食べる気がしません。眠ろうとしても、男の子のことが気になって眠れません。だから、ずっとずっと、丘の上にいることにしました。


 そうして、数えて3日目。男の子がまた、この丘に現れました。クロは、うれしくなって「わんわん」と吠えながらぐるぐると駆け回ります。男の子が 目の前に止まると、堪らなくなって飛びついてしまいました。男の子はちょっとびっくりした顔をしていましたが、クロのことを「よしよし」と撫でてくれまし た。


 今夜の男の子はいつもと違う色の服を着ていました。クロは「それは何色なの?」と、尋ねると。「これは赤色だよ」と男の子は教えてくれました。そして、一人前のサンタクロースになれた事を、クロに告げました。


 「だから、もうここには来ないんだ」


 「もう会えないの?」


 「多分、もう会えない。」


 クロは、胸が苦しくて苦しくて、うまく息ができません。


 「でも・・・」


 男の子が、そう言いかけるとクロは少しだけ楽になって「でも?」と聞き返しました。


 「かわりに、僕の初めてのプレゼントをキミにあげるよ」


 クロはよく意味がわかりませんでしたが、とにかく「もう会えないのは嫌だ!胸が苦しい!」と訴えました。すると、男の子は、手に持っていた大きな袋に手を入れて言いました。


 

 「では、受け取って。僕の初めてのプレゼントだよ――」




 クロは、辺りを見回しました。そこにはいつもと同じ真っ白な世界が広がっていました。空は二色です。なんだかやけにお腹が空いていたので、早足で木の根の家へ帰りました。


 いつもと同じように不思議なお皿の前で、「わんっ」とひと吠えすると、ごちそうが出てきました。いつもよりボリュームたっぷりで豪華です。それを食べ終えると、すっかり眠くなったので、横になって眠りました。


 次の朝、いつものように広場で空を見上げていました。今日も何も通りそうにありませんが、良い気持ちです。


 お昼になったので、ピカピカの氷の張った池に行きました。そこでいつものように下を向いてみると、見たことも無いものが空に浮かんでいました。 びっくりして、上を見ましたが、それは、下にしかありません。でも、クロはその黒いものに巻かれた色を見ていたら、なんだかウキウキしてあったかい気持ち になったので一度だけ「わんっ」と吠えました。


 それからも、辺りは相変わらず真っ白で、クロも一人ぼっちですが、そのきれいな色は何度もクロをあったかい気持ちにさせるのでした・・・。


                                                           おわり。