皆様、こんばんは![]()
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いや~ずっと引きこもって
殆どボーってしてました![]()
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なんとか明日から仕事行けそうだけど![]()
咳でませんように![]()
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前の週から具合悪かったんですよね~
皆様もくれぐれもお気をつけくださいね![]()
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さて、そんな訳で
やっと今日の夕方くらいから![]()
気になっていることを🔎してみました。
60干支。。。気になりますよね~
だって全然手がかりが見つからないんですもん![]()
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で、ですね、
ちょっと気になる話題を提供しちゃいます。
Okar Research: Ancient Bactria: Seals & Amulets (2500- 1500 BC)
上記のね、印章のようです。年代は紀元前2,300年。
The Anau seal, however, seems firmly dated at 2,300 BC

こちらなんですけどね。
あとこちらも御覧ください。
四合府印章という、新疆ウイグル自治区博物館所蔵資料写真のようです。
発掘?レポートらしき資料には
これら二つが記載されています。
https://sino-platonic.org/complete/spp124_anau_niya_seals.pdf
ただですね、
これら二つは年代が全く違うんです。
でも。。。
刻まれている記号らしきもの
似ている所がありますよね。
これ同じ時代につくられていないのであれば
伝統にのっとって、似た言語や考え方を
継承している人たちが作成した
ってことにならないでしょうか。
見た目が似ているので、近い年代な気はします。
でも、もし違うのであれば。。。
特に、最初の画像、
正面からみると、
全て甲骨文字に当てはめられなくはないと思いませんか![]()
もちろん、意味はわかりません![]()
ただ、左から
乙未五
己
って。。。当てはめられるような気がしちゃって・・・・
もう一つは、乙未 己の部分が
似ているんですよね。
これらは
司禾府印
とされているようです。
となると逆に最初の印章って
五
司禾印
って感じなんでしょうか?
音を表現する記号だった可能性もあるでしょうし
それぞれ年代が古いのであれば
甲骨文字の源流の一つとして
こちらのAnau South, Turkmenistanが候補になると思います。
もちろん、他にも
賈湖遺跡が候補にはあがると思いますが、
60干支に関しては、こちらに何となく
ひかれてしまったり。
でも、漢の時代であれば
甲骨文字の最初よりかなり後になりますから、
な~んだ、ってなるだけではあります。
殆ど情報を見つけられませんでしたので
もし、詳しいかたいらっしゃいましたら
お教えいただけますとありがたいです![]()
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これからの調査に期待しましょう![]()
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