今日のトレーニングが終了しました。


正直言って気持ちはまだ随分と沈んだままですが、現実問題として次のシリーズが近づいてきています。


初戦から荒谷さんとのシングルマッチでメインイベントを戦う事になってますし、残されたプロレスラーが元気を出していかなければ三沢さんだっていい気はしないんじゃないかな…って思ってます。


なので…ここで気持ちを前向きにする為にも、三沢さんに対する思い出話をしようと思います。


長くなるかもしれませんが、よかったらお付き合い下さい。


初めての出会いは、2004年7月10日。ノアさんの東京ドーム大会。試合を終えた三沢さんが、控室でコメントをしている最中でした。


「いきなり失礼します。全日本プロレスの小島と申します。今度、ウチの両国大会で僕と戦って下さい。全日本のリングで!戦って下さい!」


確か、こんな感じの挨拶だったと思います。


いきなりの訪問で失礼極まりないはずの自分に対して、そっと右手を差し出し握手して下さった三沢さん。


当時の三沢さんが“全日本プロレスのリングに上がる”というのは、大変な事を意味していました。


ノアさんのファンや全日本プロレスのファンの意見も真っ二つに割れ、まさに賛否両論。


しかし…そんな周囲の意見に対し、何事も無かったかのように自分との試合を快諾してくれた三沢さん。


理由は、
【真っ正面からお願いされたから】


それだけの理由で、対戦を受諾して下さったのです。



それからあっという間に時は過ぎ…2004年7月18日、全日本の両国大会で再会を果たしました。


正直、リングで面と向かっても「まだ信じられない光景だ…」と感じてました。


そして、試合開始のゴング。


三沢さんからのファーストコンタクト…右肘のエルボーを食らった瞬間、思いました。


「今まで自分が食らってきた様々なエルボーは、何だったのか!?」と。


当時13年のキャリアがあった自分を襲った、初めての衝撃。


「ヤバイ、このエルボーをあと数発もらったらKOされてしまう」


とっさに場外へ逃げたのを覚えています。


それからは、お互いの技の攻防へ。


三沢さんの繰り出す、


◇エルボースイシーダ
◇ミサイルキック
◇ボディープレス
◇タイガースープレックス
◇タイガードライバー
◇エメラルドフロウジョン


◇エプロンマットから場外へ落とす…奈落式タイガードライバー


そして最後は…


◇タイガードライバー'91


『三沢光晴フルコース』を味わいました。


そして、26分34秒…三沢さんとの初対決が終了。


精も根も尽き果てる…とは、こういう時に使う言葉だと思いました。


それからは、三沢さんと会う機会がなくなりました。


今思えば【26分34秒】という時間は、自分にとって、“三沢さんを独り占めできた”かけがえのないものとなりました。


それから会った時といえば…


新日本さんの東京ドーム大会でのバックステージや、池上本門寺で行われた節分の豆まき大会等…数回だけです。


時間にして、トータルで5分にも満たない会話時間。


でも、自分から挨拶しに行くと…三沢さんは必ず座っていた椅子から腰を上げて、自分に会釈してくれました。


いつも、とびきりの笑顔で…。


その笑顔と26分34秒の戦った時間がある限り、俺の中での三沢さんは…身近な存在なのです。


この先もずっと。


ただ…


一度でいいから、酒をご一緒したかったです。


三沢さんとの思い出をずっと心の中にしまって、また明日から頑張っていきます。