令和に入ったこのゴールデンウィークは、私漫画読んで小説読んでレースゲーでひたすらタイムアタックして記録更新して、オタ充な療養生活を過ごしていました。

先日先生からも注意されましたが、ちょっと行動などの様子が躁のパターンに入っていっているとのこと、やや自覚はありました。

ので、それによる空回りや物事のミス、その躁状態そこからの落差に注意ということなのです。

そして気をつけながらも躁を通過して、今は少し鬱気味に落下してきたようで、悲しいことを想うことはもちろん、なんとはなしに泣きたくなってきます。

んが、しかし、どうにも難儀なことに、私は泣くという悲しみをはじめとして、感情の表現がかなり苦手であり、特に怒りおこり切れてその感情怒気が表出することは、例えば相手を諌めるなどあえての意図的な一部の例外を除いて、皆無です。

怒りの不発と共に特に負荷がかかり困るのは悲しくてもうまく泣けないことです、スイッチさえ入ればかなり泣き虫ではあるのですが、それなのにそのスイッチが異様なまでに入りづらく、泣くに泣けず、こうしてまたシャレにならない勢いで溜め込んで負荷を抱え込んでしまいます。

ただ、そんな時の即席付け焼き刃の応急処置的な術はあります。

私のお脳は良くも悪くも妙に繊細で、例えば脳内BGMで頭の中に音楽が流れるというのはよくありますが、私の場合、頻度や質などが高く、選曲は自由自在、エフェクトや曲調のアレンジなども容易で、んなことばっかしてっとちょっと疲れますが、良く遊びます。

ほっとけばまあその時の気分などで選曲されているので、悲しい時には悲しい曲が流れます、これをうまく利用できれば、悲しみに拍車がかかり、幾分か泣きのスイッチが入りやすくなるのです。

というわけで、ここでは以下に、泣き下手な方におススメ(?)な、個人的に良く効く(聴く)曲を少しリストアップしてみようと思います。


Cocco
「遺書。」
ゾッとするほど美しい声と曲で、柔らかく死んだ者と死なれた者の歌詞を歌う歌。
「星が生まれた日」
肋骨と書いてはしごと読み、それを登り髪の毛を伝い、頭に足を掛けて飛んでいきなさいという、命を燃やし尽くして呈しながら相手を送り出す涙の味を歌う歌。

チャットモンチー
「メッセージ」
終わりゆくその生々しいまでの恋の心理面からの描写を、途方にくれるように、受け入れるように歌うネガティヴにポジティブな歌。
「おとぎの国の君」
受け入れられない受け入れたくない、受け入れたくなかった恋の終わり、それを確かな感触を伴ったような現実として突きつけられて、一人では広すぎるベッドの冷たさを歌う歌。

倉橋ヨエコ
「盾」
PVのアニメーションの人形の描写が不気味なのが注意だけど、絶対最後まで見て欲しい鳥肌ものの傑作。
後悔を噛み締め何度も振り返り、そして前を見据える歌。
「今日も雨」
降りしきる雨の冷たさが身にしみるほどの孤独の中、それでも、たった独りでも前に進む歌。

宇多田ヒカル
「Letters」
想いの行き交いや行き違い、伝わらないもの、伝えられない状況、それでも砂のように柔らかく受け止めていく歌。


泣きたい方も泣けない方も、そうでない方でも、よかったらぜひ聴いてみてください、どれも珠玉の名作だと思います。