鉄が不足すると貧血になる というのは事実ですが、鉄が不足すると脳の発達が障害される可能性がある ということはあまり知られていません。
鉄欠乏マウスでは、記憶に関係する海馬や運動調節に関わる線状体に構造変化が見られます。細胞レベルではオリゴデンドロサイトという神経繊維を髄鞘化する細胞の機能不全を来たす結果、言語発達、発語の遅れ、知能低下、注意•運動•認知•行動面の機能低下、睡眠覚醒リズムの乱れに関係するとされ、発達障害に似た症状を呈する事が知られています。髄鞘化障害は、神経伝達の障害を起こすからです。しかも、運動機能障害は鉄補充により早期に改善しますが、行動異常は成人期まで持続することもあるとされています。
人生には3回鉄欠乏が起こる時期があります。新生児期、乳児期、思春期です。鉄は胎児期の8ヶ月頃から体内に蓄積が始まり、満期の10ヶ月まで蓄えられ続けます。もし早産で早く産まれた場合、十分な鉄が蓄えられず貧血になります。乳児期の貧血は圧倒的に母乳栄養児にみられます。母乳中の鉄含量は、人工乳の1/10以下であるためです。思春期では、体の急速な成長に加え、女子では生理が始まることが原因です。特に新生児期、乳児期の鉄欠乏は、脳の発達に及ぼす影響が深刻であると考えられるため、早期の治療介入が必要です。現在、早産児にはルーチンに鉄剤投与が行われていますが、乳児期の貧血に対しては何の対策も行われていません。米国小児科学会は、母乳単独栄養児の場合、生後4カ月から1日につき体重1kg当たり1mgの鉄剤を補充することを推奨していますが、我が国では鉄欠乏の検査を受ける機会もありません。
このような状況ですので、乳児期鉄欠乏性貧血の好発時期(別名、離乳期貧血)である7ヶ月検診時には、母乳単独で栄養されてきた乳児は、必ず貧血検査を受けることをお勧めします。WHOの乳児鉄欠乏性貧血の基準では、ヘモグロビン11g/dl未満、ヘマトクリット値33%未満、MCV70fL未満、フェリチン10ー12μg/dl未満を鉄欠乏性貧血としておりますが、鉄欠乏性貧血は鉄欠乏症の最終段階であり.貧血が認められる時には、脳ではすでに深刻な鉄欠乏状態であること、また鉄欠乏による脳障害の一部は、その後鉄を補充しても持続することを考慮に入れ、私自身はヘモグロビン11.5g/dl以下を鉄補充の基準にしています。もっと高い値でもよいかもしれません。また米国並みに母乳単独栄養児に対しては4カ月からの予防的鉄補充も考慮すべきと考えています。
参考文献
佐々木万里恵 他 小児科臨床 72:193,2019