「あらゆる証拠が示しているのはステアリングコラムの破損が事故の原因ではないということだ。」
初めてこの記事を読んだときに感じた違和感はこの文章が原因だった。
私はこの言葉を待っていたのかもしれない。
あの事故の後いろいろな事が言われてきた。
タイヤに関する事、ステアリングコラムに関する事、左リヤサスペンションに関する事など、そしてそれらが同時に発生した可能性など。
いままで一度だってF1のことを取り上げたことなどないテレビ番組でもアクシデントのシーンを何度も何度も流していた。
アイルトン・セナのレースを見たこともないはずの人たちが随分と熱く伝説をコメントしていた。
あの数週間で私が味わった気持ちは忘れることはないだろう。
メディアから流れてくるアクシデントの原因についても納得のできるものは何一つなかった。
そしてテレメトリーデータが公開されステアリングコラムの破損が有力視された。
その事でアイルトン・セナのオンボードカメラ映像に注目が集まりアクシデントが発生する前のラップでステアリングワークの異常が見てとれるなども話題になった。
この週末に起きたいろいろな出来事にアイルトン・セナは集中力を欠き普段なら気付くような変化を見逃してしまったのではないかとまで言われてきた。
私はこのように結論付けされることにどうしても納得ができなかった。
アイルトン・セナの仕事に対する姿勢はパーフェクトなほどプロフェッショナルだった。
過去、幾度となく心を傷つけられるようなことがあっても次のレースでは完璧な集中力を発揮してきた。
私はこのアクシデントの発生した1994年のイモラでもそれは変わらないと信じていた。